ポストISの覇権争い
シリアのデイル・アルゾウル県が次の戦闘の中心地として浮上する中、IS以後のシリアの支配をめぐる覇権争いも一気に激化してきた。中部方面から東方の同県に迫っているのは、シリア政府軍とイラン配下の武装組織ヒズボラやシーア派の民兵軍団だ。一方、南部から同県に進撃しているのが米支援の反体制派だ。
シリア政府軍とイラン支援の武装勢力はロシア、イラン、トルコの3カ国調停によるシリア内戦の停戦合意の結果、余裕が生まれ、これまで内戦に投入していた部隊や予算を東部のデイル・アルゾウル県に回せるようになった。
しかし、東部に軍事勢力が集中すれば、緊張も高まる。米軍はイラクとの国境沿いのタンフに特殊部隊の基地を置いているが、シリア政府軍が肉薄してきたとして今月6日、シリア軍を空爆した。米軍は5月にもシリア政府軍を攻撃しており、これまでISを主に標的にしてきた米国がシリアの将来に焦点を移し始めた徴候と見られている。
特に米国はイランの動きに神経を尖らしている。同県はバクダッドとダマスカスを結ぶハイウェイが通る交通の要衝でもある。イランはイラク、シリア、レバノンという“シーア派三日月ベルト”の確保を戦略の柱に据えており、そのためにも同県の支配を不可欠だと見ている。
逆に米国にとっては、この戦略を阻止することがイランの影響力拡大を封じ込める上で、極めて重要だ。しかし双方が突っ張り合えば、米軍が今後、イラン支援の民兵軍団やシリアに派遣されている革命防衛隊とすら衝突する懸念も出てくる。その時、イランとともにアサド政権を支えるロシアが米国と対決するリスクを冒してまでイランを支援するのか、どうか。大きな焦点だ。
さらに忘れてはならないのは、クルド人の勢力拡大を食い止めるためにシリアに軍事介入している地域大国トルコの動向だ。トルコは同国の「警護官逮捕状問題」で米国を強く非難するなど対米関係を悪化させており、ロシアへの接近を一段と強め、シリアに半恒久的に居座るかもしれない。
かつて中央アジアの覇権をめぐって展開したグレート・ゲームが舞台をシリアに移し、ポストISに向かって再び展開しようとしている。
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