米、イラク・シリア戦略描けず
こうしたイラクの“イラン化”を最も懸念しているのが、イランを敵視している米国とイスラエルだ。イラクのIS戦では、米軍機が空爆した後、イラン支援の民兵が地上戦を戦うという暗黙の共同作戦が展開されたこともあるが、トランプ政権になってから両国の協力関係は弱まった。
米国は現在、有志連合軍の空爆作戦に加え、イラクに6000人強の部隊、シリアにも1000人規模の特殊部隊を派遣し、主にイラク軍や地元武装勢力の訓練と助言を行っている。戦況がさらに長期化しそうなシリアは別にして、イラクからISが一掃された後、イラク駐留軍を撤退させるのかどうかが迫られることになる。
トランプ大統領はオバマ前大統領が2011年に駐留米軍をしゃにむに撤退させたために、ISの台頭を許したと非難してきたが、今度は自らイラク駐留部隊を撤退させるのか、存続させるのかが問われることになる。現在のところ、トランプ政権内では、ISを再登場させないためには、米軍の駐留は必要であり、そのことはイランの影響力増大をけん制することにもなるという意見が大勢を占めている。
しかしトランプ政権の問題はイラクとシリア政策、もっと言えば、中東政策を策定していないことにつきる。イラク駐留部隊の残留、シリアの対IS戦のアプローチ、IS壊滅後にシリア内戦に干渉するのか、しないのか、シリアの将来にコミットするのか、しないのかなど、トランプ大統領と国務省、国防総省との意見に大きな相違がある。
トランプ氏は「他の政権を変えるようなことには関わらない」とシリアのアサド大統領降ろしには関心がないとの姿勢を示してきたが、ロシアやイランがシリアの戦後の利権争いに血道を上げている時に、静観できるのかどうか、シリア・イラク政策の立案は焦眉の急である。
またイスラエルにとっても、イラクがイラン化することは重大な脅威。イスラエルはこれまでにもイランの兵器がシリアに展開中のレバノンのヒズボラに渡る疑いが生じた時には攻撃をしてきており、イラクの行方に監視を強化している。
ISはモスルでは玉砕した。「偽装国家」(アバディ首相)ができて以来のこの3年間で、殺害された戦闘員は「6万人にも上る」(米軍)。シリアのISの首都ラッカも風前の灯火であり、ISは今後、イラク国境沿いのシリアのデイル・ゾール県を中心にゲリラ戦での生き残りを図ることになるだろう。
だが、ISは軍事的に勢力が激減しても、その「カリフ国家創設」といった過激思想は死滅することはない。世界の現状を見れば、むしろ拡散傾向にすらある。イラク、シリアから生じたIS思想はエジプト、イエメン、リビアなどの中東・アフリカからアフガニスタンなどの西南アジア、中央アジア、そしてフィリピン、インドネシアなど東南アジアにまで広がっている。モスルの制圧はIS壊滅のほんの一歩であることを認識したいと思う。
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