2024年11月22日(金)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年8月21日

 書字方向の研究も、ある時期までは雑然としていました。資料が集まるばかりで。でも、仮説をたててみたら、集めた資料がそこにスパスパとはまったんです。快感でしたね。こんなにスパスパはまっていいんだろうか、とも思いました。

 四六時中研究のことを考えていると、あるとき突然、多幸感がやってくるときがあります。別になにかいいことがあったわけじゃないのに、多幸感があってそれが続く。そんな状態があった後、たとえば風呂に入ってぼんやりしていると、ぱっとひらめきがくるんですよ。

●天啓に打たれる感じでしょうか。

現在でも珍しい書字方向の標識等が見受けられる(撮影・屋名池教授)。
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——大それた発見ではないですけど、私にとっては天啓みたいなものですね。一瞬でわかってしまう。それをきちんと実証でうめていくには何カ月もかかってしまうんですけど。逆にいえば、何カ月もかかってわかるようなことがその一瞬でわかって、ぱっと見通しができる。あとはその見通しのとおり進めていけば、何カ月か後には実証ができている、という感じです。

 不思議な感じですが、他の研究者に聞いても似たようなことを言います。研究者というのはそういうものなんだと思いますよ。私の場合、書字方向の研究ではそんな瞬間が2回ありました。

『横書き登場』の続編も考えているそうですね。

——次は『文字はどこを向いているか』という題名にしようかと思っています。『横書き登場』では近代を取り上げたので、次は、縦書きしかなかった時代の話や、近代以降でも、書字方向と社会のさまざまなあり方との関係などに触れたいと思っています。さっき話したような、マンガや絵巻や双六などの例ですね。

 こうした例はまだまだあります。本の全集や百科事典を並べるときに、どの順で並べるか、という問題も興味深い。戦前は右から左に並べたけど、いまでは左から右が主流になっていますね。ファイルに続き番号を振ったものを並べるとき、年配の方は右から並べますが、若い人は左から右に並べます。左横書きがどう広がってきたのかと密接に関係していると思います。そういえば、歌舞伎座が、座席番号の配列を右から並べていたのを、数年前に左から右に変えました。若い人が席を探すときに迷うからだそうです。

 あとは、江戸時代の地図の文字列配置方向の話とか。最近江戸切絵図がブームですが,切絵図では画面に対して地名の書かれる方向が一見ばらばらなので、昔の人はいいかげんだったと思われがちです。しかし実はきちんとしたルールがあって、町名なら江戸城の方向に文字列の頭がくるように配置していたんです。坂の上下の向きや川の流れの向きも、坂名や川名の文字列配置の方向を見ればわかるようになっている。配置の方向そのものが情報を伝えていたんです。


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