2024年3月3日(日)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年8月21日

岩波書店から発行されている『横書き登場』

 『横書き登場』を読んで、よく調べたねといってくださる方がいて、それはそれでうれしいんですが、実は私にとってこれは理論的な著作なんです。自分の中でのウリはそちらにある。仮説をたてて、それを実例で実証したところを見てほしいという気持ちがあります。

 いま、縦書きに左横書きがまじっていますが、昔はそのスタイルはなかった。縦書きオンリーの時代と、いまの左横書き全盛の時代との中間に、すぽっとうまく右横書きがはまったわけです。昔だって、横に長いスペースがあったら、横に文字を書いていきたくなりますよね。でも縦書きだけでは難しい。そんな需要から、縦書きの行移りの方向にならって生まれた右からの横書きが、縦書きの補助としていち早く受け入れられたのです。一方では、早くからインテリたちによって取り入れられた西洋直輸入の左からの横書き専用のスタイルがあった。両者の折衷型として大正時代に、現在のような縦書きに左横書きが補助的に混じるスタイルが生じたわけです。それなら、同じ折衷型として左横書きが主体だけれど右横書きが補助的に共存している資料のような突飛なものもあるはずだ、と思ったんです。調べたら実際にそれが出てきた。

●もともと右横書きと左横書きの共存例を知っていたわけじゃないんですか。

——ええ。先に仮説を考えて後からそれを実証したわけです。もちろんすぐに見つかったわけじゃなかったんですよ。なかなか見つからなくて焦りましたし。

 ただ、宝探しではありませんから、特殊な例だけをさがしまわるわけではない。書字方向の時代的な変遷の大筋が見えなければいけない。時代の動きを敏感に反映する資料を選び出すのも大変でした。

1926年創刊の『小坂グラヒック』。右と左のページで、逆の横文字表記が並立している。
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 たとえば、雑誌一つ取り上げても、雑誌は定期刊行が始まったら体裁はそう大きくは変えられない。だけど、創刊号だったらある程度時間をかけて準備ができる。だから、創刊のときに、書字方向をどうするかを検討しただろうと思って、一つの雑誌をずっと見てゆく代わりに創刊号を広く見て行く方法を取りました。でも、創刊号だけ集めたコレクションなんてそうないんですよ。どこに創刊号コレクションがあるかを見つけるのも一苦労でした。

●文献調べでは学生を使ったりはしないんですか。

——全部一人で調べています。文系の学者はだいたい一人で調べていると思いますよ。理科系みたいに学生を使って、というのはないんです。助手もいません。こうしてお茶を出すのも自分です。

 あと、こういうのは人にまかせるとだめなんです。調べるのは大変ですが、調べていくうちにいろんな発見があるもの。自分で現物を見るのはすごく大事。そうした中から仮説が生まれ、その仮説を実証するためにまた調べて、というのが研究の醍醐味なんです。


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