さらに怖いのは、バノンはトランプとは違って、確固たる信念、思想を持って行動している点だ。バノンは20世紀初頭のフランスのルネ・ゲノンという形而上学者に傾倒しているという。いわゆる伝統主義をバノンは信奉している。評者はこの分野の思想について知らない。本書を読んで理解した範囲でいえば、西洋が没落した現代は間違っており、もっと古い時代の伝統に戻るべきだとバノンは信じている。具体的には、1314年のテンプル騎士団の壊滅と、1648年のウェストファリア条約が西洋の精神的な没落の始りだと考えているという。
そして、バノンは次のように考えているという。
Bannon believes that the rise of nationalist movements across the world, from Europe to Japan to the United States, heralds a return to tradition. “You have to control three things,” he explained, “borders, currency, and military and national identity. People are finally coming to realize that, and politicians will have to follow.”
「バノンはこう信じている。ヨーロッパや日本、そしてアメリカにいたる世界中で、伝統への回帰を先取りする動きとして、国粋主義者の台頭がある。(この流れを後押しするには)『3つのことをコントロールすればいい』とバノンは説明する。『国境や通貨、そして軍隊と国のアイデンティティだ。そのことに皆、気づきつつあり、政治家たちもそれに追随するだろう』」
トランプの参謀は深い歴史的な洞察と思想をよりどころに、ポピュリズムをいかに利用し、社会を自らが信じる理想に近づけるかを考えていたのだ。そこに、巨額の資金援助も加わりトランプ大統領を生み出した。なんとも言えない読後感を残すノンフィクションだった。
最後に、バノンの名文句を紹介して終わりにしたい。トランプを大統領選で勝利に導いた後に、バノンは記者のインタビューを受け、その中で、大統領選の顛末はハリウッド映画にしてもいいのではないか、と水を向けられる。それに対する次のコメントはふるっている。
“Brother,” he said, “Hollywood doesn’t make movies where the bad guys win.”
「バノンは言った。『君ね、悪者が勝つ映画を、ハリウッドはつくらないんだよ』」
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