2022年10月6日(木)

この熱き人々

2017年10月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 一方、制御性T細胞ががん細胞の周囲に集まって免疫細胞の働きにブレーキをかけてしまうこともわかってきて、これらの制御性T細胞を取り除けば、免疫細胞を活性化させがん細胞を攻撃することができる。さらにオプジーボなどのがん治療薬の効果を促進させることも可能になる。

 坂口は、昨年65歳で大阪大学の定年を迎えたのを機に、ベンチャー企業「レグセル」の最高技術責任者に就任している。

 「定年で自由になったこともあって、臨床応用の研究を進めて、自分の研究を一刻も早く医療で実用化して病気を治したいという気持ちが強くなってきましてね。公的資金を待つだけではなく、自分たちの手で投資を呼び込んで、自分たちの意志が発揮できる形を追求しています」
 
 一日千秋の思いで、治療法が生まれる日を待っている人は多い。

 「長年制御性T細胞の研究に携わってきて、いつも節目となる研究に貢献できたことは、学者人生としてありがたいことだと思っています」

免疫学との出会い

 

 学者人生は、京都大学医学部に入学した時から始まったわけだが、医学部を志望したのは「何となく」だったという。中学の時は美術部で絵描きになりたいと漠然と考えていたが、本格的に決心するまでは至らず、次は人間の心に関心を抱き哲学に興味を持った。ここまではどうみても文科系志望である。

 「父が京大で哲学を学んでいて、そんな本がいっぱい家にあったんですよ。でも戦後父は苦労したせいか、僕が理科系に進むことを望み、母方には医者が多くて、それで漠然と医学部に入って精神科医になろうと考えたわけです。北杜夫(もりお)さんとかなだいなださんとかをイメージして、医学と哲学と両立できるかなという程度で、先のことを深く考えていたわけじゃないんですよね。当時は大学も学園紛争の影響が残っていてワサワサしていましたし、とりあえず基礎医学を勉強して、面白そうなところを探そうかなという感じでした」

 そんな時に講義で興味を持ったのが免疫学だったという。免疫の何が坂口を引き付けたのだろうか。

 「自分を守るために異物を認識して攻撃する免疫が、時に過剰に反応したり、自己の組織や細胞を異物と認識してしまって攻撃することもある。自己と自己でないものの境界にゆらぎがある。たとえば、体外に流れた血液は凝固することで血を止めて身を守るわけだけれど、血管の中で凝固することはないし、もし固まったら血栓になって脳梗塞や心筋梗塞を起こす。こっちで反応してこっちでは反応しない。どこにスイッチのオンとオフが存在するのか。そこに生物学的に、あるいは医学的にちょっと深淵でちょっと哲学的なものを感じて、面白そうと思っちゃったんですよね。そこからのめり込んで、結局40年以上。のめり込み過ぎましたねえ」

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