大阪大学吹田(すいた)キャンパス。広い敷地に多くの研究棟が並ぶ中に、「免疫学フロンティア研究センター」の白いビルがあった。京都大学再生医科学研究所の所長だった坂口志文(しもん)が、京大と阪大の綱引きの末にこの研究センターの教授に迎えられたのは2011年。そして日本の免疫学を引っ張る力を結集した最先端基地は、いま世界の注目を集めている。
これまで数々の賞を受賞している坂口だが、ノーベル賞の登竜門と言われ、iPS細胞を発見した山中伸弥(しんや)教授などが受賞しているカナダのガードナー国際賞を15年に受け、日本の期待を一身に集める存在になった。受賞理由は、免疫の暴走を抑える制御性T細胞の存在を突き止め、がんに対する免疫や自己免疫疾患などの研究で大きな成果を挙げたこと。
本来は病原菌や異物を攻撃してくれるありがたい免疫反応が、時に反応しなくてもいいものに異常に反応してしまうと花粉や食物に対するアレルギー症状が起きたり、自己の正常な細胞を攻撃して自己免疫疾患を引き起こす。逆に本来攻撃しなければならないがん細胞に反応しないと、がん細胞は増殖してしまう。そこに深く関わっているのが制御性T細胞。ということは、この細胞をコントロールすることができれば、これらの疾患に苦しむ人には大いなる福音がもたらされるはずだ。
「簡単に言うと、制御性T細胞は免疫のブレーキ役なんです。ブレーキが弱いと免疫が暴走してしまう。それがアレルギーや自己免疫疾患で、ブレーキが強すぎると逆に免疫が働きにくくなる。免疫システムはやじろべえのようにバランスが必要なんですね」
まさにそのバランスを支えているのが制御性T細胞ということだ。そして今年、免疫細胞の元になる前駆細胞に制御性T細胞の働きを決める遺伝子にくっついて分化させる分子があることを、マウスの実験で突き止めた。
「発生のメカニズムがはっきりして分子レベルで仕組みが解明されていくと、制御性T細胞を増やしたり減らしたりできる手がかりが得られます。創薬(新薬開発・製品化のプロセス)に応用する研究が進むことが期待できそうです。制御性T細胞を取り出してうまく増やして体内に戻し免疫の暴走を止める細胞療法は、5年以内には可能になるんじゃないかと思っています。究極の理想は、薬で制御性T細胞をコントロールする治療の実現ですけどね」