中国内部で蒋介石の歴史的意味の再評価が行われていますが、これは中国による台湾懐柔策の一環である、との論説です。この論旨は的確です。
蒋介石、蒋経国の両総統の国民党政権の時代(1949~88年)には、中華人民共和国と中華民国との間でいずれが「正統な中国」であるかをめぐって敵対しました。その時、蒋政権は「漢賊並び立たず」として、台湾にある中華民国が全中国を支配しているとの立場をとりました。
そして、当然ながら、蒋介石政権は台湾の住民たちはすべて「中国人である」との前提で台湾を統治しました。ちなみに、当時の戒厳令下では住民に対し、「中国人」であるか、「台湾人」であるか、というようなアンケート調査を行うことは禁止されていました。
しかしながら、米ソの冷戦構造が終わり、しかも民主化の進展とともに、「台湾人意識」が着実に強まってきた今日の台湾における実態は、このような戒厳令の時期とは大きく変わってしまいました。
中国から見ると、蒋介石が台湾を「中国の一部」として統治していたことは、中国の望む「台湾統一」という建前に合致します。その後、李登輝が中台関係を「特殊な国と国」の関係と呼び、陳水扁が「一辺一国」の関係と呼んだために、中国は彼らを敵視しました。
中国にとっては、台湾の対処をめぐっては、「正統な中国」であるか否かをめぐって争っているほうが、「別の国」か否かをめぐって争うよりはるかに容易でしょう。「同じ中国人」という「共通の土俵」に立つ限り、13億人の人口をもつ中華人民共和国が、2300万人の人口をもつ中華民国(台湾)を圧倒することができるからです。
ただし、本論評の指摘する中国による蒋介石再評価の動きは、決して最近になって始まったことではありません。
2011年、辛亥革命百周年に当たる年に、中国は台湾に学者・研究者を大量に派遣し、シンポジウムなどの場において蒋介石が果たした役割を積極的に再評価したことがあります。この時、台湾では馬英九国民党政権の時期でした。その意図するところは、中台統一への一つの布石であったと思われます。
現在の民進党蔡英文政権は、中台関係については「現状維持」を標榜しつつも、基本的には独立を指向しており、最近の中国における蒋介石再評価の動きが、今日の台湾の政情などに特段の影響を及ぼすとはとうてい考えられません。
近代中国の指導者として蒋介石が果たした役割は多方面にわたっており、その全般的な歴史的評価については、もともと賛否両論が存在しています。
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