もう1つの出来事は、この日に突然勅命で発足した「腐敗対策最高委員会」が王子や閣僚らを含む要人らの逮捕に乗り出し、これまでにアブドラ前国王の息子のムトイブ国家警備相や世界的富豪のビンタラール王子、ファキーフ経済企画相ら約200人が拘束された。
「腐敗一掃というのはあくまでも大義名分。腐敗というなら、ムハンマド皇太子自身がその最たる者だろう。狙いは老い先短いサルマン国王が息子のムハンマド皇太子の権力掌握を進めるため、反皇太子勢力の芽を摘んだということだ」(ベイルート筋)。つまりは1932年の建国以来、最大の粛清が行われたと見るのが的確だろう。
リヤドの高級ホテル「リッツ・カールトン」が拘束された王子らの一時的な収容所となるなど混乱も続いているが、ムハンマド皇太子はこの“クーデター”によって軍事、治安、外交、経済、社会の全般にわたる支配を確立し、権力の一極集中を固めた。
一方で、米紙ウォールストリート・ジャーナルは皇太子らが最大8千億ドル(約91兆円)の資産没収を狙っていると報じており、石油価格の長期低落で悪化した財政の穴埋めに富裕な王子らの財産を充てることを狙っているのかもしれない。
サルマン国王、ムハンマド皇太子がこうした粛清を断行できた大きな背景はトランプ米政権の全面的な支持があるからだ。アジア歴訪中だったトランプ大統領は「国王らは何を行っているのか十分知っている」と支持を表明。また娘婿のクシュナー大統領上級顧問はこの粛清の1週間ほど前に、リヤドを訪問してムハンマド皇太子と夜の更けるまで親密に語り合ったと伝えられており、米側が事前に青信号を与えていた、との見方も強い。
イスラエルの先制攻撃も
ムハンマド皇太子の反イランの言動は「イラン核合意は認めない」などとするトランプ大統領の反イラン方針と歩調を合わせているのは間違いあるまい。だが、皇太子もイランとの直接的な軍事衝突までは踏み切ることはできないだろう。弾道ミサイルを保有し、人口が4倍もの大国のイランが本気になれば、サウジが手ひどい痛手を被るのは必至だからだ。
むしろ、現実的なリスクとして高まっているのがイスラエルとヒズボラの戦争だ。IS以後に向けて、イラク、シリアにおけるイランの影響力拡大は急速に進んでおり、イスラエルはこのままでは、レバノンだけではなく、シリアに残留するヒズボラからも攻撃されかねない。
ヒズボラはすでにレバノンに12万発以上のミサイルやロケット弾を保有しているといわれている上、シリアのヒズボラにイランのミサイルが供与されれば、イスラエルの安全保障は深刻な脅威に直面することになる。イスラエルがそうなる前に、ヒズボラを叩いておこうと考えても不思議ではない。
ここではイスラエル、サウジ、米国の利害は一致するが、戦争に発展した時、シリアに軍事力を展開しているロシアがどのように対応するのか。不確定要素も多い。各国の思惑が複雑に絡み合う中、状況はさらに切迫の度合いを深めようとしている。
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