WEDGE REPORT

2017年12月13日

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ナショナリズムに直結する漁業問題

 では、本題となる北朝鮮漁船の漂着という現象の背後にある、「弾道ミサイルよりも危険な火種」に話を移そう。

 北朝鮮の漁船が主に操業している海域は、日本海中央の大和堆と呼ばれるエリアで、ここは暖流と寒流が交わる日本有数の豊かな漁場だ。だが、このエリアは漁業関係者の間で、「竹島」を巡る“熱い海”としても知られている。

 1999年に発効した日韓漁業協定では、日韓双方が領有権を主張する竹島を“存在しないもの”として中間線を設定し、その周辺海域を「暫定水域」と定め、日韓両国がそれぞれのルールに従い漁業活動を行うこととした。その一方で、日本と北朝鮮の間には、1997年から93年まで結ばれていた民間漁業協定で中間線を基準とするEEZが確認されていたが、この協定は現在失効している。

日朝韓3カ国の漁業関係図(著者作成)

 日本海中央の大和堆は日本と韓国、北朝鮮の漁業権益が複雑に交差していることが分かるだろう。日韓間には暫定水域が存在しているが、日朝間にはそのような緩衝地帯は存在しない。そればかりか、両国の排他的経済水域(EEZ)は漁場である大和堆付近で重なっている。

 海保は今年8月までに、日本のEEZ内で不法操業する北朝鮮漁船に対して、巡視船の放水銃を使用するなどして800隻以上を退去させたと発表した。そして、この過程で巡視船が北朝鮮漁船から小銃を向けられたことも報じられた。海保は具体的な海域を明らかにしていないが、漁業関係者などの証言から、日朝が衝突した海域は大和堆周辺であることが明らかになっている。

 海保による対策は対処療法に過ぎないが、日中間の係争地となっている尖閣諸島と異なり、北朝鮮は日本に対抗するだけの海軍力や海上警察力を有していない。このため、海保が海域警備を続ける限りは、北朝鮮による不法操業を抑えることができるだろう。

 このような中、ある海保関係者は、「韓国政府が実務レベルで、北朝鮮漁船の取締りを緩和するよう非公式に要請してきた」と憤慨する。韓国政府の意図はどこにあるのか。

 今年5月に就任した文在寅大統領はいわずと知れた対北朝鮮融和派の人物で、文政権を誕生させた韓国世論もこの姿勢を概ね支持している。韓国政府が「取締りの緩和」を求めた理由には、この韓国世論が背景にあるという。

 韓国政府実務レベルの懸念は、日本が北朝鮮漁船に対する取締りを強化すれば、北朝鮮にシンパシーを抱く韓国マスコミや世論の“反日”姿勢が強まり、韓国政府は日本と対北朝鮮問題で協調することが難しくなるということだ。緊迫化する朝鮮半島情勢を鑑みれば、韓国政府の立場も理解できなくもない。

 そして、この韓国側の懸念こそが、先に防衛省関係者が述べた、「弾道ミサイルよりも危険な火種」の正体だ。普段は意識することが少ない漁業問題は、実はナショナリズムに結びつきやすい性質を持っている。捕鯨問題やEEZ・大陸棚問題等から分かる通り、問題が文化や領土・資源に直結するため、一度噴出すれば政府は世論を抑えることが困難になる。

 北朝鮮による弾道ミサイルの脅威が高まり、アメリカによる北朝鮮攻撃も非現実的な話でなくなった時に起こった「工作船」疑惑に、政府はだんまりを決め込んでいる。それは、火種に息を吹きかけて炎にしないための判断だろうが、その判断は果たして正しいのだろうか。朝鮮半島をめぐる危険水位が最高潮に達した現在、正確な情報とそこから導出される見通しを国民に伝えることが政府の責務ではないのか。

  

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