2024年12月22日(日)

WEDGE REPORT

2017年12月13日

 師走間近の11月29日午前、北の護りの要である海上自衛隊(海自)大湊地方総監部に緊張が走った。海上保安庁(海保)からのホットラインで、「津軽海峡の玄関口に位置する松前小島沖で国籍不明の木造船が漂流しているのを発見」との連絡があったからだ。

 総監部では当初、北朝鮮工作船の可能性も否定できないと身構えたが、急行した哨戒機P−3Cから伝送された写真を分析して、「エンジントラブルなどで漂流する漁船」と判断し、緊張は収まった。

 しかし、この「漂流する漁船」は、数日後にはメディアで大きく取り上げられることになる。海保による立入検査で、「朝鮮人民軍第854部隊」と書かれた標識が船体に付けられたことが分かると、メディアやネット上で「工作船」疑惑が持ち上がった。

(KCNA/UPI/AFLO)

 騒動は北海道警察が乗員3名を松前小島の待避小屋から家電などを盗んだ疑いで逮捕したことで幕引きとなったが、その背景について政府が説明することはなかった。

 この騒動について、東京・市ヶ谷で北朝鮮情勢を分析する防衛省関係者は、「北朝鮮の木造船が続々と漂着する理由を紐解いていくと、弾道ミサイルよりも危険な火種が存在することが見えてくる」と明かす。

 巨大企業「人民軍」に所属する北朝鮮漁船

 防衛省関係者は、北朝鮮木造船の漂着が増加した理由として、「金正恩の指示による漁業活動の強化と西高東低の気圧配置」の二つが挙げられるという。

 一つ目の理由は、金正恩(キム・ジョンウン)が政権を引き継いだ翌年の2013年12月に、朝鮮人民軍創設以来はじめてとなる「人民軍水産部門熱誠者会議」を開催して模範労働者を表彰したことに見出せる。

 これ以降、金正恩は毎年元旦に発表する「新年の辞」の中で、漁業強化を指導している。

 二つ目の理由である冬型の気圧配置とは、大陸に発生した高気圧(シベリア寒気団)の影響で日本海に強い西寄りの風が吹くことをいう。この荒れた日本海で整備不良の北朝鮮漁船は容易に遭難し、運が悪ければ転覆、運が良ければ日本まで流れ着くことになる。

 今年に入り発見された北朝鮮の漂着船は、海保のデータがあるここ4年間で最多の64隻(12月10日現在)となっている。例年、冬型の気圧配置が始まる10月末頃から遭難した船が約1カ月かけて漂着するため、2月までは引き続きこのペースで漂着する可能性があるという。

 これまでの説明で分かるとおり、日本海で操業する北朝鮮漁船は従来も存在したが、特に今年は「漁労強化」の指示により操業隻数が増加したため、これに比例して何らかのトラブルに見舞われて日本に流れ着いた船も多くなったということだ。松前町で発見された木造船の乗員も、「9月に清津(チョンジン)を出港して日本海でイカ漁をしていたが、約1カ月前にエンジンが故障して漂流した」と供述している。

 しかし、この説明では、木造船が「工作船」ではないという根拠としては希薄だといわざるを得ない。防衛省関係者は、「北朝鮮の漁船の多くは形式上、朝鮮人民軍に所属し、これまで漂着した漁船の多くに軍部隊番号が記載されていた」と付け加える。
  
 実際に北朝鮮の公式メディアは、金正恩が昨年11月に、「人民軍5月27日水産事業所」と「人民軍1月8日水産事業所」を現地指導したことを伝えている。ここからはっきりと見て取れるのは、軍が漁業を行なっているという事実だ。

 人民軍に所属するからといって、それが必ずしも戦闘や諜報工作に供される訳ではない。人民軍は漁業もすれば炭鉱や工場も運営するという、“巨大企業”の側面も有している。


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