2024年4月30日(火)

ベストセラーで読むアメリカ

2011年1月11日

 In World War Ⅱ,President Roosevelt supported placing huge numbers of Japanese Americans in internment camps. One was Norm Mineta, who had been interned as a ten-year-old boy. Seeing him in the Cabinet Room that morning was a powerful reminder of the government’s responsibility to guard against hysteria and speak out against discrimination. (p141-142)

 「第2次世界大戦で、ルーズベルト大統領は多数の日系アメリカ人を強制収容所に入れることを是認した。(評者注:ブッシュ政権で運輸長官だった)ノーマン・ミネタもその1人で、10歳の時に収容所に入った。その日の朝に、閣議室でミネタの顔をみた時、集団ヒステリーから守り、人種差別をやめるよう声を上げるのは、政府の責任であると強く再認識した」

 9・11同時テロの後、初めてホワイトハウスに戻る際、飛行中のヘリコプターから国防総省が煙をあげているのを遠く眺めた時の記述にも次のように真珠湾攻撃が出てくる。

 My mind drifted back over history. I was looking at a modern-day Pearl Harbor. Just as Franklin Roosevelt had rallied the nation to defend freedom, it would be my responsibility to lead a new generation to protect America. I turned to Andy and said, “You’re looking at the first war of the twenty-first century.” (p137)

 「私は歴史を振り返った。これは現代の真珠湾攻撃だ。フランクリン・ルーズベルトが自由を守るために国をまとめたように、アメリカを守るために新しい世代を導くのが私の務めになるのだ。私は(評者注:補佐官の)アンディの方を向いて言った。『君はいま21世紀最初の戦争を目撃している』」

「大量破壊兵器」についてブッシュは…

 さて、9・11同時テロを受け、ブッシュ政権は対テロ戦争に突き進む。イラク戦争もその一環だったが、開戦の理由とされた大量破壊兵器はイラクにはなかった。この点についてブッシュ前大統領はどう弁明するのか? 多くのアメリカ人も関心を持つ部分だろう。ブッシュ前大統領は、開戦前は諜報機関が提供した情報をもとに、大量破壊兵器の存在を信じていたし、他の議員の大半も同じ考えを共有していたと、まずは自己正当化を図る。とはいえ、次の一節では真情も吐露している。

 Still, I knew the failure to find WMD would transform public perception of the war. While the world was undoubtedly safer with Saddam gone, the reality was that I had sent American troops into combat based in large part on intelligence that proved false. That was a massive blow to our credibility―my credibility―that would shake the confidence of the American people.
  No one was more shocked or angry than I was when we didn’t find the weapons. I had a sickening feeling every time I thought about it. I still do. (p262)

 「それでも、大量破壊兵器が見つからなかったことで、この戦争に対する社会の見方が変わることは分かっていた。サダムを排除したことで世界がより安全になったことは疑いないが、間違っていた情報に基づいて私がアメリカの軍隊を送り出したことは事実だ。我々の信頼性、私自身の信頼性に対する大きな打撃だったし、アメリカ国民の信頼を揺るがすものだった。
  大量破壊兵器を発見できなかったとき、最も衝撃を受け、怒りを覚えたのは私だ。そのことを思い出すたびに不快な気分になった。今でもそうだ」

 ブッシュ前大統領は2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻をきっかけに起きた世界的な金融危機にも直面した。自由な市場経済を信奉する自身の主義を曲げてまで、公的資金で市場に介入する決断を下したことに関しては、次のように述懐している。リーマン破綻から間もないころ、ポールソン財務長官らと会議をもって、MMF(マネー・マーケット・ファンド)に政府保証をつけるほか、モーゲージ証券を買い取るなど、市場のパニックを収束させるための一連の対策を議論した際のことだ。

→次ページ 「自由市場への介入」


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