2024年5月21日(火)

ネット炎上のかけらを拾いに

2018年3月16日

球児や運営を責めるだけでは変わらない

 男子が女子に性的な意味での悪ふざけをしても、ある程度は許される。男の性欲を考えれば仕方のないことだから、女子の方が大人になったほうがいい。笑って許したほうがいい。深い意味はないし、傷つくようなことじゃない。こういった認識は、非常に危険ではないのか。

 また、被害を受けた方が大人になれという言説は、別に壇蜜が言わなくても実際にはすでに社会の中に折り込まれている。「怒りを見せるのは損である」、もしくは「自分の意見を言って変わり者扱いされるぐらいなら、その場のノリに合わせる」といった空気。男女を問わず多くの人が感じたことがあるだろう。

 例えば今回、稲村が球児たちを許さず、「笑ってすまされないことです」といったコメントを発表していたらどうだろう。もしくは事務所が「法的措置もあり得る」という姿勢を見せていたらどうだっただろう。確実に、「中学生相手に、そこまでムキにならなくても」といった声が上がっただろう。

 実際、現状でも一部では「男子中学生の前にショートパンツで現れる方にも非がある」といったコメントしている人もいる。稲村が怒りを見せた場合、このようなコメント主はさらに彼女の「落ち度」を責めるだろう。

 取り囲まれた当事者が痴漢行為はないと言う背景や、怒ることのない理由。そこをさらに考えたい。「子どもは社会の鏡」という言葉もある。球児や運営側だけを責めるのではなく、社会が子どもたちに何をどう教えているのかに考えを至らせたい。

 自分が中学生に戻ってあの現場にいた場合、「グラビアモデルにもっと接近しよう」というノリに巻き込まれなかった自信はない。みんなやっているのだからちょっとぐらい、という気持ちが芽生える可能性もあるのではないか。だからこそ、軽いノリでやってしまったから許すのではなく、なぜ軽いノリで人の体への接触を行えるのかという部分を、まず大人が考えたい。
 

  
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