未曾有の大災害に見舞われ、多くの展覧会が中止になった。その中で、「震災で落ち込む日本人に見てほしい」と、会期を変更しながらも開催されたのが、東京国立博物館の特別展 『写楽』である。展覧会を企画した同館絵画彫刻室長・田沢裕賀氏に話を聞いた。
海外からの文化的支援
「3月11日はカタログの校了、展示の会議を経て、いよいよ準備も大詰めというところでした。この展覧会は凡そ300点の作品が展示されていますが、そのうちの129枚は海外の美術館、コレクターが所蔵しています。余震や原発など、たくさんの不安要素から多くの美術展が中止になる中、各国の所蔵館が『日本は安全だ』と納得し、協力してくださったことで、開催が実現したのです」。一般的に、支援には物質的なものと精神(文化)的なものがありますが、今回は海外の美術館が後者の支援をしてくれたのです」。
海外の美術館から日本美術の支援とは、何とも嬉しい話ではないか。
展覧会の趣旨を田沢氏に尋ねた。「国内外にある写楽の作品を集め、日本で大規模な展覧会を開催するなら、ぜひ東博でと思いました。寛政6年(1794)5月に豪華な雲母摺りの大判錦絵28枚を一挙に出すという華やかなデビューを果たしながら、10ヶ月という短い活躍期間で絵筆を絶った写楽。本展では、作品を通して、造形の魅力を解きほぐし、芸術的な特徴を明らかにし、魅力あふれる写楽作品創造の源を探っていきたいと考えています」。
写楽は古くからどのような人物なのかが特定できず、彼の研究は正体探しに主眼が置かれていた。近年の研究では阿波藩の能楽師斎藤十郎兵衛を写楽としている。しかし、今回の展覧会はこのような正体探しではなく、写楽作品が持つ魅力を全面的に打ち出そうというのだ。
空前絶後の質と量
続いて展覧会のみどころも語って貰った。「写楽の作品は版画ですから600~700枚位は存在します。しかし、絵柄は146図しかありません。諸事情で展示されない4図以外は、総て揃いました。しかも一点ものが33作品です。更に、世界中から摺りの質の良いものを選びました。つまり最大のみどころは、空前絶後の質と量です。加えて版の比較、他の絵師との比較といった、写楽の個性を存分に引き出す展示を加えました。図版では可能ですが実物では滅多に出来ない贅沢な試みです」。
写楽はたった10ヶ月しか活動しなかったが、この142図の作品は研究の分野では四期に分類されている。描かれているのは主に歌舞伎役者。特徴を挙げると一期は上半身のみ、二期は総て全身像、三期は全身像の背景が地潰しではなく小道具や情景が描きこまれ、四期では背景が舞台上の芝居であることを意識させるようにより説明的になっていることだ。