2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2011年5月23日

 しかし根本となる、民主化と基本的人権の普及を是とする価値規範となると、それほど異なっていないのではないでしょうか。ブッシュ政権が軍事侵攻という強引な方法でフセイン政権を倒したことは混乱と流血を招きましたが、「独裁政権も倒れる」「絶対権力を誇った大統領が訴追され、死刑になる」という実例を見せたことで、アラブ諸国の市民の意識を深いところで変えた可能性があります。フセイン政権崩壊時に、フセイン像が倒され、人々が靴を脱いで叩いた。その映像は繰り返しアラビア語衛星放送で流されてきた。そして今、各国の国民は自らの国の支配者に向けて靴を掲げることで、恐怖心を払拭しているのです。

 ブッシュ前大統領に対してイラク人記者が靴を投げたことが有名になりましたが、実はアラビア語衛星放送ではこの映像はすぐに忘れられてしまって、放映されることはめったにありません。やはり現実に自分たちを支配し尊厳を傷つけている支配者に対する批判の方が強いのでしょう。

――ビン・ラーディン殺害によってイスラーム原理主義によるテロ活動は、今後減少していくと考えてよいでしょうか?

池内准教授 米国によるビン・ラーディン殺害が、直接的に、また即座に国際社会の中のテロ行為の減少に結びつくとは考えられません。なぜなら、すでにビン・ラーディンは、アル=カーイダを名乗る各国の過激派組織やテロリストたちにとって、シンボル的な存在となっており、実質的な影響力は限定的でした。パキスタンの隠れ家ではいろいろなテロ計画を温めていたとされますが、モロッコやイエメンなどの各地でアル=カーイダを名乗る組織を直接的に指揮していたとは考えにくい。各国の組織は、各国の固有の政治情勢の中で、固有の不満や目的意識に基づいて成立しているからで、「アル=カーイダ」というブランドを借用して、各地のテロ組織が独自の発展を遂げていると言えます。ただし、それらの組織が一定の地域を領域支配するような状況になると、またビン・ラーディンが唱えていたような米国や西洋や「ユダヤ」一般に対するグローバルなテロリズムの温床となる可能性があり、依然としてその危険性は残っています。

 ビン・ラーディン殺害に対して、パキスタンのタリバーンは報復措置声明を発表しています。当面はパキスタンとアフガニスタンで報復のテロがあるでしょうが、それは現実的には大部分がパキスタンとアフガニスタンの政権の人員や資産に対するものとなるでしょう。ただし米国や英国でのテロが生じる危険性は、当面の間高いとみてよいでしょう。

――ビン・ラーディンはパキスタンの郊外・アボタバードで殺害されましたが、この作戦はパキスタン当局に情報を知らせないまま実行されました。パキスタンのギラニ首相は、「米国の主権侵害」と抗議声明を発表しています。パキスタン国内には、いまだテロリストの拠点が残る可能性も排除できず、米国による攻撃継続も懸念されており、アフガニスタンのカルザイ大統領などは、対テロ戦の「拠点をパキスタンに移すべき」と発言しました。

 今後、米国・パキスタン関係は、緊張していくでしょうか。

池内准教授 国際法的には他国の領土で許可なく単独に攻撃を行うことは明らかに問題があります。ただしムシャラフ政権時代には、パキスタン政府との間に、こういった作戦も許容する密約があったようです。現在のパキスタン政府がそれを受け継いでいるかどうかはわかりませんが、予想はしていたでしょう。逆にパキスタン政府側には、そもそもビン・ラーディンを匿っていたのではないかという疑惑があるため、どこまでも事を荒立てて米国の非を追求するとは考えにくいものがあります。ビン・ラーディン殺害直後に、米国政府高官が、パキスタン当局に知らせなかった理由を、露骨に「情報が漏れるから」として説明していました。オバマも、ビン・ラーディンの潜伏に、パキスタン政府の一部が関与していなかったか検証する必要があると示唆しています。パキスタン側の抗議への牽制でしょう。

 もともと米国とパキスタンとの関係は、理念も思惑も一致しない部分が多く、緊張の連続です。パキスタンの政権から言えば、ビン・ラーディンという「切り札」を失ったことで、米国から見た価値が薄れ、見捨てられるのではないかという焦りがあります。逆に、米国に従属していると国民から非難され、過激派のテロを招くことも恐れています。

 米国内政上は、議会や有力な政策論者から、ビン・ラーディンがいなくなった以上はパキスタンとの関係は大幅に切り捨てていい、という議論が出てくるものと思われます。しかし実際に関係を断てるかというと、パキスタンは原子爆弾も持っていますし、見捨てられたと言って政権が国際テロリズムとの結びつきを公然と深めたりすれば米国に対する脅威として跳ね返ってきますから、そう冷たくもできないはずです。

 ビン・ラーディン殺害をめぐって、米国とパキスタンの政権はしばらくの間、表向きは小競り合いをして見せつつ、やがて双方から自然に折り合いをつけるのではないでしょうか。

⇒次ページ ビン・ラーディンが目指したものと、それを阻止したアメリカの思惑


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