ARFでの外相演説で見えた北朝鮮側の認識
米朝首脳会談で合意された「完全な非核化」の履行は滞っているし、北朝鮮側の視点に立てば「安全の保証」の具体化も同様であろう。8月4日のASEAN地域フォーラム(ARF)における李容浩外相の演説は、こうした状況に対する北朝鮮側の見解を明確に示すものだった。重要な部分を抜き出してみたい。
・米朝共同声明の完全な履行を担保する根本のカギは信頼醸成です。
・十分な信頼醸成のためには、必ず双方の同時的な行動が必須的で、できることから一つずつ順番にしていく段階的方式が必要です。
・信頼醸成を先行させ、共同声明の全ての条項を均衡的に、同時的に、段階的に履行していく新たな方式だけが成功できる唯一で現実的な方途だとわれわれは信じています。
・朝鮮半島非核化のためにわれわれが、核実験とロケット(ミサイル)発射実験の中止、核実験場の廃棄等、主導的に先に取った善意の措置に対する回答はおろか、米国ではむしろわが国に対する制裁を維持しなくてはならないという声がより高まっており、朝鮮半島平和保障の初歩の初歩的措置である終戦宣言問題まで後退する態度を見せています。
・朝鮮民主主義人民共和国は、去る4月に経済建設に総力を集中することについての新たな戦略的路線を選択しました。
・その実現のためにわれわれは、かつてないほどに朝鮮半島とその周辺の平和的環境を必要としています。
・国際社会は当然、われわれが非核化のためにまず取った善意の措置に朝鮮半島の平和保障と経済発展を鼓舞して推し進める建設的な措置で応じなくてはならないでしょう。
ここから読み取れるのは、米国に対する根強い不信感である。北朝鮮としては核・ミサイル実験を停止したばかりか、核実験場も廃棄しているのに、それに対する代価が不十分だと考えているのだ。北朝鮮だけが譲歩することを避けるために、同時行動原則を強調していることも分かる。米国の本気度を試すためにも朝鮮戦争の終戦宣言にこだわっているようだ。当然ではあるが、日米とは現状認識が異なっている。
対米関係改善という方針は揺らいでいない
このような北朝鮮の態度のほか過去の経緯からも、「完全な非核化」に対する北朝鮮の本気度を疑う声が大きいのは理解できる。だが、金正恩委員長は「完全な非核化」の覚悟を持ってトランプ大統領との首脳会談に臨んだと見るべき状況証拠が存在することも確かである。
単に米国との衝突を避けたいだけであれば、韓国の文在寅大統領と会談しているだけで十分だ。「時間稼ぎ」だと受け取られてしまえば、トランプ大統領のみならず将来の米国政権にも不信感を与えかねない。さらに、3回も首脳会談を重ねて専用機まで貸し出してくれた中国の習近平国家主席の怒りを買うリスクもある。米中どちらに関しても、長期的な権力維持という最優先の目標からは避けねばならないリスクだ。5年間続けた「並進路線」を4月20日に突然終結させたのも大きい。北朝鮮国内では核開発ではなく経済建設を重視すると宣言してしまったのだ。
ポンペオ国務長官の三度目の訪朝直後にあたる7月7日に出た「外務省代弁人談話」も興味深い。朝鮮戦争終結宣言などの要求に応じない米国の態度を批判しつつ、「われわれはトランプ大統領に対する信頼を今もそのまま持っている」と表明した。しかも、この米国批判の談話は北朝鮮メディアでは報じられなかった。北朝鮮国民に対しては伝えない、対外的なアピールということだ。北朝鮮国民に講読義務が課されている『労働新聞』は、米朝首脳会談の直前から「米帝」を連呼しなくなり、7月27日の「祖国解放戦争勝利記念日」にも北朝鮮を「侵略」したとされる米国について一切言及がなかった。対米関係改善の方針は揺らいでいるように見えない。
ただし、たとえ最高指導者が「完全な非核化」の心づもりをしていても、それを実現できると即断することは難しい。非常に保守的な北朝鮮の幹部や実務家に方針転換を徹底させられるかも問題であるが、何よりも米国次第という側面が大きいからだ。