2024年11月22日(金)

補講 北朝鮮入門

2018年8月9日

 もっとも大きな要素は、トランプ大統領が安易な妥協をしないで北朝鮮非核化という困難なミッションに取り組み続けられるかである。米国を射程に収めるICBM(大陸間弾道ミサイル)や一定数の核弾頭の国外搬出などで北朝鮮との国交正常化に応じてくれるなら、北朝鮮側にとってはありがたい話だ。平壌に米国大使館が置かれ、米企業が北朝鮮国内で活動するのならば、米国から攻撃されない「安全の保証」となる。一方で潜在的な核保有国という立場は維持できるだろう。

 米朝双方が相応する措置を取っていくという「同時行動原則」での段階的解決に米国が理解を示せるかという問題もある。ポンペオ米国務長官らが言うように、非核化は簡単なものではなく、忍耐を求められる時間のかかるプロセスとならざるをえない。そこでは、北朝鮮の根強い対米不信感を和らげ、信頼醸成を図りつつ駆け引きすることが重要となる。戦略性に乏しく不安定なトランプ大統領の言動には不安を覚えざるをえない。

北朝鮮はすでに一定のメリットを獲得

 北朝鮮は経済制裁の解除や平和協定締結への合意といった具体的な成果物を獲得できていないものの、小さなメリットは着実に手に入れつつある。まずは「リトルロケットマン」と罵られた金正恩国務委員長が、実は戦略的で対話可能な人物であることを世界中にアピールすることに成功した。

 そればかりではない。冷え切った中朝関係は電撃的に改善し、両国を結ぶ直航便は今や満席だ。昨年末に搭乗率10パーセント程度であったのとは大違いである。中朝間の各階層の交流も活発になった。北京大学と金日成総合大学や朝鮮社会科学院との交流も完全に復活している。一時は30軒以上あった北京にある北朝鮮経営のレストランは閉店が相次いでいたが、今春から再開業する店が出ており、どの店舗も韓国人客であふれている。経済制裁は、なし崩し的に風穴が開く可能性が高い。

 そのような中で安倍晋三首相も圧力一辺倒からの転換を余儀なくされた。国交正常化への道のりを約束した「日朝平壌宣言」(2002年)の重要性を強調し、北朝鮮との対話の可能性を模索し始めたのである。

 8月4日のARFでは日朝外相間の接触があった。それなりに意味のある動きではあるが、これで大きな進展を望むことなどできない。北朝鮮では外相の地位は高くない。李容浩外相は党の政治局員ではあるが、その上には党国際部長や党統一戦線部長といった党副委員長クラスの大物がいるし、最高指導者に権力が集中している北朝鮮に大きな政策転換を迫るには首脳外交が欠かせないのである。

尋常ではない安倍首相への不信感

 しかし、北朝鮮側の安倍首相への不信感は尋常ではない。

 北朝鮮は、安倍首相こそが「日朝平壌宣言」を破談にした人物だと捉えている。北朝鮮をバッシングすることによって人気を得て首相まで上り詰め、その後も反北朝鮮の世論に寄り添って制裁を強化し続けたという認識だ。昨年秋の総選挙で安倍首相は、北朝鮮問題を「国難」と主張して大勝した。これまでの記事(米朝首脳会談で金正恩氏が「最後の大勝負」に出る可能性 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/12277)でも触れたが、北朝鮮としては既に軍事から経済に政策の軸足を移そうとしていた時期である。

 極めて強い対日不信感を持つ北朝鮮には、今回の安倍政権による対話呼びかけも国内世論対策に過ぎないと見られている可能性が高い。北朝鮮で日本や米国、韓国との交渉に当たる当局者は10年、20年以上もずっと同じ仕事をしてきた人々ばかりだ。安倍政権への不信感が強いだけに、安倍政権に本気度が見られなければ、北朝鮮としてもそれなりの対応しかしないだろう。

 「完全な非核化」なしには北朝鮮の求める「安全の保証」は得られない。そのことを北朝鮮に対して示し続けるのが周辺国の責務となる。北東アジアの平和と安定は日米韓のみならず、中ロにとっても北朝鮮自身にとってもプラスになるとのコンセンサスを得るために粘り強い対話をするのが唯一の道だろう。いかに自国とかけ離れた論理を持っていようとも、相手が何を考えているのかを理解しようとする姿勢を持たねばならない。安易な妥協は禁物だが、相手が誠実さを見せた場合にはそれなりの対応が必要である。

  
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