人工子宮によって生きる羊
2017年、アメリカで行われた人工子宮の実験が発表されると、その特殊な画像と共に実験は大きな反響を呼んだ。実験は早産によって生まれ、生存確率50%を切り生命の危機に瀕している羊を羊水で満たされたビニール袋に入れて育成するというもの。実験に選ばれた8匹の羊は人工子宮内で4週間生存し、うち1頭は一歳を過ぎて健在だという。公開された画像は、ビニール袋に入れられた時の羊と、4週間を経て大きく、皮膚の色も変わった羊が比較できるものとなっている(気になった読者は画像を確認して欲しい)。
この人工子宮はあくまで緊急時の医療器具という目的で実験が進められているが、技術的にはまだまだ困難が伴うにせよ、人間に適用したり、また早産以外の目的で用いることは可能なのか、という可能性を期待する声もある。例えば、母体ではなく人工子宮の中で子供を育てる、といったように。
周知のように、生殖に関わる研究は生命倫理や世論等、様々な観点から議論されなければならない。人工子宮が人間に適応できるような技術が登場するにせよ、それらが実際に活用されるかどうかはわからない。
とはいえ、だ。遺伝子編集技術「クリスパー」の登場によって遺伝子編集技術が発展する昨今、ヒト胚に対する遺伝子編集も現実味を帯びてきた。子供の運動能力や身体的特徴、寿命を事前に設計するといったいわゆるデザイナーベイビーなどへの懸念から遺伝子編集に慎重だった各国も、2017年2月に米科学アカデミーが人間に対する遺伝子編集の方針を発表したことで風向きが変わってきた。この方針ではデザイナーベイビー等の能力強化は許されないものの、基礎研究に限定する限りでヒト胚に対する遺伝子編集が認められる可能性があるとした。もともと中国ではこの方針発表前から研究を行っており、また前述の米科学アカデミーの発表にはアメリカ以外の各国の専門家も携わっていることから、国際的な動きとして遺伝子編集が加速することが予想される。その後2017年7月には、アメリカでヒトの受精卵を用いた遺伝子改変実験を行ったことが報じられた。
遺伝子編集技術は今まさにその問題が問われている最中の技術だが、技術発展に伴い、我々の感覚も変化していると言えるだろう。例えば体外受精や代理出産といった不妊治療に関しても、技術が登場した時点では反対の声が多く聞かれたが、現在では(治療の度合いにもよるが)批判を浴びることは相対的に減少しているように思われる。こうした技術が受け入れられた背景には、法や安全性の徹底といった不可欠の要素だけでなく、技術環境が整備される中で、時間の変化とともに世論もまた変化してきた側面を認めないわけにはいかない。
人工胎盤、人工子宮が「当たり前」の未来とは
ところで、人類の「生殖」がどのように変化するのか。詳細な未来はわからずとも、技術環境の変化がもたらし得ることと、それでも変わらないことについて考えることは可能だ。そこで以下では、仮に人工胎盤や人工子宮が当然となった時代を思考実験することで、技術と人間の感覚の変化について考察したい。
まず、人工子宮が普及した未来では、生殖=セックスを行わず、母体ではなく人工子宮を用いて人工的に胎児を育てること、あるいは高齢であったり、男性であっても人工子宮を用いて胎児を育てられると仮定しよう。
このような未来を鋭く考察したものとして、村田沙耶香の小説『消滅世界』を挙げることができる。2016年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は、現代社会において異端とされる立場から世界を考察するのに秀でた作家であり、『消滅世界』では、その世界観とその複雑な問題を鋭く描き出す。