李登輝が「日本の若者」と話したがる2つの理由
そうしたこともあって、李登輝は特に若い人と話すのが大好きだ。大学生のグループがやって来たりすると時間を忘れて話し続けることも頻繁だ。そこには2つの理由がある。ひとつは、これから日本という国を背負っていくのは若い人たちだという思いがあることだ。
「日本は台湾の生命線」と考える李登輝にとっては、未来の日本がどの方向に進むかは、台湾の将来に直結する。これから日本を引っ張っていく若い世代に伝えたいこと、話しておきたいことが山ほどある、というわけだ。そもそも、李登輝は「アジアで完全な民主主義が実現しているのは日本と台湾くらい。この両国が手を携えてアジアを牽引していくべき」と従来から主張している。
もうひとつは、今の若者が何を考えているかを直接聞きたい、というものだ。前述したように、年配者らしくない、柔軟な頭を持つ李登輝であるから、若者の考えや意見を軽視するようなことはしない。むしろ、彼らがどんなことを考えているのか、どんな意見を持っているかを聞くことによって、自分の考え方や意見が、現在の政治とどう乖離しているのかを見極めようとしているのだ。
実際、日本から来る若者の表敬訪問を控えると、李登輝は「今の日本の若者が悩んでいることはなんだ。不満に思っていることはなんだ」と聞きながら「何を話すべきかなぁ」と何日にもわたって頭を悩ませている。いかにして日本の若者に自信を与えるか、日本にとって台湾がいかに重要な存在か、なぜ日本こそがアジアのリーダーになるべきか、をどうやって分かりやすく理解させるか、毎度考え込んでいるのだ。こうした若者に対する温かい気持ちは、もちろん台湾の若者に対しても同様である。
2014年3月、日本でも一躍有名になった「ひまわり学生運動」が勃発した。これは、当時の国民党政権が中国と、相互にサービス業進出を自由化させる協定を締結しようとしたことに端を発する。台湾はサービス業の比率が大きく、協定が発効すれば、さらなる台湾経済の空洞化を招くと危惧した学生たちが、立法院(国会)を3週間以上にわたって占拠した事件だ。
李登輝は、この学生たちの運動を夫人とともに「応援する」と公言していたし、運動終了後も、学生の代表を自宅に招いて歓談したり、食事会を開いたりしている。若者たちが国のためを思い、自ら行動を起こしたことを心から喜んでいるのが、そばにいる私にもありありと伝わってくる。こうした若者の「想い」を大切にする姿勢は実は現役総統の時代にもあった。