日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2018年10月12日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

「日常の五心」との出会い

 前置きが長くなったが、石垣島滞在中にこんなことがあった。沖縄は地理的にも台湾と近いため、台湾から移住した台僑も多い。そこで沖縄の台僑団体が主催する歓迎会が石垣市内のレストランで開かれたのだが、李登輝夫妻は控室に置かれていた湯呑みに目を留めた。そこには「日常の五心」という文字が書かれていた。

一、「はい」という素直な心

一、「すみません」という反省の心

一、「おかげさま」という謙虚な心

一、「私がします」という奉仕の心

一、「ありがとう」という感謝の心

 しげしげと湯呑に書かれた言葉を夫妻で交互に見ながら、李登輝は「これなんだ。私が精神改革でやりたかったことを簡単に言えばこういうことなんだ」とやや興奮気味に話した。台湾人のオーナーに聞いてみると、この「日常の五心」が好きで、ずっと店で使ってきたという。それを聞いた李登輝は、何か考えごとをするように黙り込んでいた。

 歓迎晩餐会が始まり、李登輝の挨拶や来賓からの祝辞、地元石垣島の伝統舞踊など、プログラム通りに進んでいく。

 会が後半に差し掛かったころ、突然李登輝が「ちょっと話したいことがある」と立ち上がり、ステージに進み出ていった。全くの想定外だったが、マイクを握った李登輝は台湾語で話し始めた。

 私は、台湾語はだいたいどんなテーマの話をしているかは分かるが、きちんと理解することは出来ないので、後日録画されていた話の内容を訳してもらったところ、おおむね次のようなものだった。

「石垣島を中心とする八重山地域は、台湾と地理的にも歴史的にも近く、日本時代だけでなく戦後も多くの台湾人が移民してきたことは良く知っていた。もちろん、移民として言うに言えない苦労を重ねて来られたことも承知していたつもりだ。私は先ほどこのレストランに着いて控室で待っているとき、置かれていた湯呑を見て驚いた。湯呑にはまさに私が唱える『日本精神』とも言うべき『日常の五心』が書かれていたからだ。しかも、オーナーに聞くと、この心構えが好きでこの湯呑を使っているという。私は、石垣に移民された台湾の皆さんが、苦労した生活のなかでも、こうした素晴らしい精神を身につけて成功されていることをひとりの台湾人として誇りに思う」

 会場には沖縄本島からも多くの台湾人が駆けつけていた。台湾語の分からない日本人出席者たちは突然の演説に目を白黒させていたが、話し終わった李登輝に対し、会場からは先ほどの挨拶以上に大きな拍手が送られ、駆け寄って握手する人もいた。

2016年7月、石垣島で台僑団体が主催した会にて(筆者提供)

 李登輝の脳裏には、自分が総統在任中に進めた「精神改革」を端的に言い表す言葉が湯呑に書かれていてびっくりしたのだろう。

 また、それを手本に頑張って来たという台湾人の存在が何よりうれしく、その思いを会場にいた台湾出身の人々に伝えたかったに違いない。それが予定にはない突然の演説につながったのだろう。

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