WEDGE REPORT

2018年11月21日

»著者プロフィール
著者
閉じる

松田康博 (まつだ・やすひろ)

東京大学東洋文化研究所教授

1965年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、博士(法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官、東京大学東洋文化研究所准教授などを経て、2011年より現職。近著に『現代台湾の政治経済と中台関係』(共著、晃洋書房)など。

 

 つまり、蔡総統の政権運営は、合理的かつ穏健であるといえるが、そのことが馬英九反対の一点で結集した支持者からの不満や離反を招いてしまっている。

 しかも、中国は蔡政権への圧力を高めている。政権成立に至るまでの間、習近平政権と蔡政権との間で、何らかの妥協が成立して、準公的な対話メカニズムの現状が維持される期待が存在した。

 しかし、16年5月に発表された蔡英文の総統就任演説は、92年コンセンサスを間接的に評価するにとどまり、中国はそれを「未完成の答案」と評して突き放した。中国は、それまで増加させていた台湾向け観光旅行客を減少させ、農水産物の買い付けなどを停止するなど、経済的圧力を高めた。

台湾の民意を試す中国

 国際空間においては、政権発足後、台湾と外交関係がある国のうち5カ国が台湾と断交し、中国と外交関係を樹立している。世界保健機関(WHO)、国際民間航空機関(ICAO)など、国連の下部機関の会議参加ができなくなった。そして、中国の政府当局が第三国にいる台湾の犯罪者を中国に直接護送したり、中国に長期滞在する台湾住民に自国民に準ずる居留証を発給したりするなど、一方的な「主権行使」行動をとるようになった。

 さらに、17年から中国は、軍用機や海軍艦艇が台湾を周回する示威的行動を急激に増やし始めた。台湾で何か中国が気に入らないような動向が見られると、こうした軍事的な示威行動を増やすなど、中国軍は通常の訓練に対台湾示威行動を付加しているものと見られる。

 ところが、中国はこうした圧力増大策によって、具体的に何を達成したいのかがはっきりしない。おそらく、言うことを聞かない台湾を「罰する」ことで、習近平政権は、国内での体面を保っている。しかし、こうも言えるかもしれない。16年に、馬政権下で、中国との安定した関係の下で、台湾の有権者は圧倒的多数が蔡英文・民進党を選んだ。今回は、中国があらゆる圧力をかけ続ける中でも、台湾の有権者が再度蔡英文を選択するかどうかを、中国は試しているのかもしれない。

 蔡政権は、こうした内外状況に対して反転攻勢をかけている。

 第一に、17年後半から党内のホープである頼清徳・台南市長を行政院長に就任させ、内閣改造で民進党員を入閣させ、「老藍男」問題を解決した。また、人気の高い陳菊・高雄市長を総統府秘書長に異動させ独立派からの圧力緩和を図ろうとしている。頼院長に至っては、繰り返し台湾独立支持の立場を公表して支持者の回帰を期待している。

 第二に、税制改革を実行して、低所得者の所得税を減免した。馬政権期には、景気がよくなっても、大部分の住民の所得が上がらず、支持を失った。特に低所得者の所得向上は、免税措置くらいしか方法がなく、いわばその財源確保のために年金改革を断行したのである。

 通常、再選を目指す台湾の総統は支持者の離反を恐れて1期目は無理をせず、選挙の憂いがない2期目に困難な改革を選択する。しかし、2期目に政権はレームダック(死に体)になってしまい、結局台湾で困難な内政改革は先送りされてきた。蔡政権は、自らの再選を危険にさらして、困難な改革を実行したのであり、今後評価が上がる可能性はある。

関連記事

新着記事

»もっと見る