2023年2月8日(水)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2018年12月12日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

ファーウェイが日本市場で苦境に陥ったとき

 今日のファーウェイは四面楚歌の苦境に置かれている。日本市場では政府調達や携帯電話大手から排除されると、延焼が広範囲に広がり、民間部門への広範かつ深刻な影響を免れない。最終的に日本市場においてファーウェイが果たして生き残れるかどうかの問題に直面する。全面撤退までいかなくとも大幅な業務縮小とリストラが避けられないだろう。

 だとすれば、高給取りだった社員には、その高い給料は一体何を意味するかを考えざるを得なくなるだろう。分かりやすく言ってしまえば、「ハイリスク、ハイリターン」といったところだろうか。会社が順調に伸び、かつ社員も見事に会社に貢献しそれが評価された場合は大きなリターンを手にするが、そうではない場合はリターンどころか、解雇されるのがオチ、というようなメカニズムである。

 逆に会社の立場からすれば、社員が高給取りでも必要なときに削減できれば、何の問題もないわけだ。売上高や利益ないし人件費予算に供される原資に応じて雇用や賃金を柔軟に調整できるから、経営の機動性が非常に高いのである。本質的には、社員の賃金は会社にとっての固定費ではなく、一種の変動費、あるいは準変動費だからだ。

「Show me the money」

 私自身もイギリス系の企業で働いていた。20代後半にして1000万円を超える年俸をもらい、さらに海外駐在員というエクスパットの身分で、現地住宅費も所得税も社会保険料もすべて会社が負担してくれた。その分、大変裕福な海外生活を満喫し、毎年のように家族と豪華なヨーロッパ旅行やリゾートを楽しんでいた。

 しかし、周りからの羨望の眼差しを感じながらも、実は人の見えないところ、仕事面では地獄に落ちるまで追い込まれていたのだった。つまり実績や成果を出さない限り、いかなる好待遇も一瞬にして取り上げられてしまう。それは理由を問われない。弁解も通用しない、まさに「No excuse」の世界だ。

「Show me the money」。外国人上司からの目標提示はこの一言だけ。売上と利益にしか価値が置かれないのである。日本式の「頑張る」という言葉はもはや死語。努力は美徳とされないが、順法行為だけは求められていた。法を守りながら、会社のために利益を出し続けていく。努力は個人ベースの問題で、会社として関与しないし、評価対象ともしない。それどころか、会社のコストのかかる個人努力は決して善とされない。もちろん、残業も会社のコストである以上、認められない。

 それだけではない。私の場合、担当マーケットの市場シェアの95%以上も達成したところで、「もう、これ以上延ばす余地がなくなったから、君のミッションは完了」とポストから外されるのである。

 私の給料は高かった。一時期上司の給料を超えた時期もあった。上司は決して嫌な顔を一つせず、仕事後の食事へ一緒に行ったら、「立花君、勘定を払ってくれよ。お前の給料は俺より高いんだから」と伝票を握らされる。

 給料がどんなに高くても、変動費だから、会社は躊躇なく払うのである。利益を上げる稼ぎ頭を逃がさないためにも高給で縛りつけるよりほかない。その代りに利益を出せなくなったときには、容赦なく切り捨てる。これは日本的な経営観や価値観、あるいは美学に照らして決して善と位置付けられないものの、グローバル的にはむしろ一般的ではないだろうか。

 働かせておきながらも、給料をまともに払わない日本のブラック企業よりははるかにマシだ。


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