2022年12月1日(木)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2018年12月26日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

民進党の敗因にもなった蔡総統の「不作為」

 こうした状況のなかで、どうしても実現したい政策課題であるなら、リーダーが勇気をもって決断するしかない。もちろんそこにはリスクがあり、リターンもある。結果として、対日関係の改善というリターンに対して、蔡英文総統はあえてそのリスクを取ろうとしなかった。彼女のコンセンサス重視の個性が、逆に決断力に欠ける形で裏目に出てしまったのである。

 政権発足当時の2016年の時点では支持率も高く、規制を解除するチャンスもあった。しかし、蔡総統は住民向けの「公聴会」という民意に配慮する方法を選んだが、反対派の乱入などで大荒れになってしまい、そのまま恐れをなし、この問題に手をつけなくなった。

 この蔡英文政権の中途半端な姿勢は、今回の住民投票にも見られた。この提案が出された時点で成立は不可避と想定でき、その成立が、日本側の「ボトムライン」を超えてしまうことはわかっていたが、不作為といっていいほど対策を講じることはなかった。

11月24日、党首を辞任することを表明した民進党の蔡英文総統(写真:ロイター/アフロ)

 その結果として、河野外相によるWTO提訴の可能性とCPTPP加入困難の意思表面につながっていく。私の知る限りでは、台湾に好意的な安倍政権は日台関係の重要性に鑑みて、こうした強硬なコメントを長く抑制し、同様の問題を抱える韓国とは別扱いにしていたが、忍耐も限界に達した、というところだろう。

 蔡英文総統は、民進党のなかで対日関係に興味を示さない珍しいタイプの政治家である。対米関係と対中関係に関心が強い一方、日本への知識は多くなく、ツイッターなどで日本の災害に関心は示すものの、形式的な対応の域を超えない。彼女の内心を測ることはできないが、周囲の期待ほど日本を重視しなかったのは確かだ。日本の外務省・官邸にも失望感が広がり、台湾で日本との関係強化を熱望する独立派の不満も招いた。李登輝元総統と蔡総統の関係も冷え切った状態だ。この住民投票を提案した国民党も党全体が反日というわけではないが、日中戦争で日本と戦った経験を有する政党であるため伝統的に対日観は厳しいうえ、台湾では日本叩きがイコール民進党叩きになる構図があり、次期総統選での政権奪還に向けて、野党として世論の支持のあるこの問題をとことん利用したい構えだ。

 蔡総統は結果として、対日問題において、身内のはずの台湾の独立派や親日派から批判され、敵の国民党からも攻撃される板挟みの苦境に陥った。「どっちつかず」の姿勢はほかの内政問題でも共通しており、今回の民進党大敗の大きな要因となったと私は見ている。

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