2024年12月3日(火)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2018年12月26日

 台湾で先ごろ行われた統一地方選にあわせて実施された住民投票において、福島県など周辺5県の食品輸入に関して禁止を継続する提案が可決した問題は、日本にも大きな衝撃を与えた。日本側は科学的な根拠をあげて安全性をアピールしており、欧米やアジアの大半の国では輸入制限がすでに解除されている。なぜ日本に友好的と思われている台湾で、しかも、対日関係重視を掲げる民進党政権下で、この問題が長く尾を引き、住民投票での拒否という事態に至ったのか。

2016年12月25日、日本食品の輸入緩和策に対する台湾での抗議デモ(写真:ZUMA Press/アフロ)

多くの台湾人が「輸入規制の継続」を支持するこれだけの理由

 まず第一に、日本人として押さえておきたいのは、この問題が、日本が起こした福島原発事故によって、海外の人々に放射能汚染の被害が及ぶ「恐れ」を生んだ、という点にある。あくまでも日本人は「迷惑をかけた側」なのだ。

 第二に、台湾の世論において、輸入規制の継続は民意の多数であるという点だ。今回の選挙から台湾では法改正で住民投票のハードルが下げられ、10項目で投票が実施されたが、「福島など5県の食品輸入を禁じる規制を継続する」というこの項目は77.7%という高率で賛成票を集めている。

 台湾は島国で海洋汚染への関心がもともと高い。中国大陸からの大気汚染の伝播にも悩まされている。日本への関心が強いので、日本情報の伝達の密度も極めて高い。そのため、福島原発事故で、台湾社会は日本並みかそれ以上に安全問題が社会不安を引き起こした。

 台湾は近年食品の不正事件が相次ぎ、食の安全に対する意識が高まっている。「安全基準を十分にクリアしている」「世界各国もほとんどが輸入を認めている」と日本や国内の賛成派がいくら説得しても、世論の大勢は動かない。これを非合理的だと批判するのは簡単だが、特定の問題において「嫌なものは嫌」という理屈を超えた固執は、しばしばどの国にも見られることだ。

 通常、そうした自国特有の論理は、「外交関係の重要性」「国際社会の常識」「国際ルールの遵守」などによって次第に国民が説得されるプロセスをたどり、「望ましくないが、受け入れもやむを得ない」という感覚が醸成される。

 ところが、台湾の場合は、1971年の国連脱退以来、長く国際社会から隔離されており、国家利益を鑑みて国民感情の妥協を強いられる機会があまり多くなく、こうした問題への対処に慣れていない。例えば、台湾では、日本側が食品問題に関し、台湾が加入を望んでいる環太平洋経済連携協定(CPTPP)の取引材料にしているとの批判があるが、いささか虚しい反応である。

 CPTPPは日本主導で実現したので、日本は確かに台湾加入をサポートする交渉力を有するだろう。しかし、中国から文句を言われるとわかっていながら、各国をひとつずつ説得するだけの信頼性を、いまの蔡英文政権に持てというのが無理筋だ。外交はギブアンドテイクでもあり、相互信頼のなかの助け合いでもある。そのあたりの相場観が、台湾の政界には今ひとつ弱い。

 加えて、若い民主主義の台湾社会は極端なまでも「民意中心」の社会である。メディアの自由な活動が保証され、政治的には民進党と国民党との間で常に激しい対立状態にある。そこでは、民意に過剰なまでに配慮する政治的判断が最優先される構造を持っている。


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