2024年4月25日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年12月25日

経済政策に関する「2つの異なるシグナル」

 こうした「異なるシグナル」に関して、印象的だった一つ目の事象は、李克強総理が権威を取り戻したかに見える、経済政策の指示である。2018年7月23日、李克強総理は自ら会議を開き、「財政政策をもっと積極的に」と指示したのだ。さらに、インフラ整備に潤沢な資金を供給するよう金融機関に促すことも決定された。

 共産党によって統治されているのだから、中国は建前上、計画経済である。その計画は、もちろん、共産党が立てる。その共産党は、赤字を減少させて財政再建を目指すべく、支出を厳しく管理する経済政策を採ってきた。ところが実際には、国の組織である国務院は共産党と異なる経済政策を支持している。共産党の債務抑制策に対して、国務院は経済成長優先策を採るのである。国務院の背後には、国の支援を必要としている国営企業がいるという事情も関係しているとも言われる。

 本来、経済政策は、国務院総理の担当とされているので、李克強総理が経済政策を指示することは問題がないと思われるかもしれない。しかし、成長を優先する李克強総理の経済運営は、2016年5月に、共産党内で否定されている。共産党機関紙である人民日報が、匿名の意見を掲載して、李克強総理の経済政策を批判したのである。総理の政策に対する批判が掲載されるのは異例のことだ。

 この批判記事は、中国国内では、習近平総書記の経済ブレーンである劉鶴氏が書かせたと噂される。その後、劉鶴氏は2018年の全国人民代表大会(全人代)において副首相に就任して経済政策を担当し、「首相をしのぐ副首相」とも言われてきた。習近平総書記による李克強総理外しが進められてきたのである。習近平総書記は、全ての権力を自らが掌握するため、全ての政策決定を自ら行おうとし、経済政策も李克強総理から取り上げたのだ。

 久しぶりに経済政策について指示した李克強総理の口から出たのは、当然のように、習近平総書記および共産党中央が進める債務抑制策を真っ向から否定するかのような内容だった。李克強総理の経済政策は変わっていないということであるが、習近平総書記の政策を否定できるまでに党内での地位を回復したことを示唆するものでもある。

 李克強総理の権威が回復し、経済政策への影響力を取り戻したのは、米国の中国に対する圧力のおかげである。習近平政権は、米国との貿易協議でつまずいて貿易戦争とも言われる状況に陥り、中国経済に深刻な打撃を与えてしまった。そのことを理由に、習近平総書記の側近で、米国との貿易協議を担当した劉鶴副首相が批判されていると言われる。2つの異なる経済政策の表出は、米国との貿易戦争が習近平総書記の権力に動揺をもたらしたことを示唆するものなのだ。

軍事力を誇示する一方で……

 米国の圧力が中国国内に動揺をもたらしていると考えられる事象は、経済政策以外にも見られる。武器装備品に関して、やはり、2つの異なるシグナルが発せられているのだ。最近、国営メディアが開発中の武器装備品に関する報道を頻繁に行っている。国営メディアが報道した開発中の武器は、その全てがパワープロジェクション(戦力投射あるいは兵力投射:自国の領土外に軍隊を派遣し作戦行動を展開すること)に関する兵器である。中国は、遠方に展開できる軍事力を誇示しようとしているのだ。

 2018年10月10日、中国中央電視台(CCTV)は、記録フィルムとして、中国空軍がH-20(轰-20)と命名された長距離戦略爆撃機を開発中であると報じた。CCTVが開発中の航空機の状況を報じることは、極めて異例である。別の中国の報道によれば、H-20戦略爆撃機は、ステルス性能を備え、米国のB-2戦略爆撃機に形状が似ているとされる。CCTVは、H-20の開発に重大な進展があったと報じているが、それは、中国が間もなく、探知されない爆撃機によって広い範囲に核攻撃が出来るようになると言っているようなものだ。

 また、CCTVは、極超音速飛翔体(中国語では、高超音速飛行器)の開発状況も積極的に報道している。2017年11月には、極超音速飛翔体の風洞実験を報じ、2018年8月には、「ウェーブライダー」と呼ばれるタイプの「星空-2」極超音速飛翔体がDF-17ミサイルに搭載されて打ち上げられる様子を用いて飛行実験の成功を報じた。さらにCCTVは、2018年9月に、再度、風洞実験の様子や極超音速飛翔体の特徴や性能を細かく紹介した。

 極超音速飛翔体は、複数のタイプがあるが、弾道ミサイルや航空機に搭載され、宇宙からの落下あるいは自らのエンジンを用いて加速し、マッハ5以上の速度で飛行経路を変えながら目標に到達する。現在の技術では、極超音速飛翔体を撃墜することは極めて難しい。極超音速飛翔体は、衛星等から敵の位置と探知範囲に関する情報を得て、これを避けるように飛行するからだ。さらに、例え探知できたとしても、マッハ5以上の速度で旋回などの運動をする目標を撃墜するのは至難の業である。


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