2024年5月14日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年9月20日

 このほか、蔡氏の失点はといえば、副総統や、総統選と同日実施される立法院(国会)選挙の候補者選びにおいて、民進党内で十分なリーダーシップを発揮できなかったことがある。

 良家出身で、英国で博士号を取得した高学歴のエリートであり、未婚の女性という点は強みにも、弱みにもなりうる。民進党の支持層は、台湾土着意識が強い労働者や農民、漁民など中低所得者層に多い。蔡氏が彼らの支持を集め、台湾を引っ張っていけるのかどうか、疑問視する声は民進党内外にある。ある国民党幹部は「台湾では女性総統を誕生させるほど男女平等の意識は進んでいない」とも話す。

あふれる大陸観光客

 2000~08年、民進党の陳水扁総統時代に対中関係は著しく冷え込んだ。08年の総統選で、8年ぶりに政権を奪還した国民党の馬総統は「3つのノー」(統一せず、独立せず、武力を行使せず)を対中政策の基本原則として関係改善に力を注いだ。中国の胡錦濤政権の側も、中台統一を急がず、当面は歴史的に関係の深い国民党政権と関係を強化し、台湾住民に「善意」と「経済利益」を送り届け、将来の統一に向けた世論づくりを進めるという懐柔戦略があった。

 統計によれば、台湾の域内総生産(GDP)は09年にはマイナス成長だったが、10年は10.88%と20数年ぶりの高水準となった。今年も第1四半期が6.16%、第2四半期が5.02%と好調。欧米の信用不安で先進国のGDPが伸び悩む中、今年も目標値の5%に近い成長が予想されている。

 08年7月に台湾への中国人団体旅行が解禁されて以来、中国人観光客が急増。10年、中国からの旅行者数は前年比68%増の約163万人と、2位の日本の約108万人を大きく引き離してトップに。中国からの旅行者は全体の3割を占め、同年の中国人観光客による外貨収入は約591億台湾元(約1543億円)となった。

 今年6月には中国人の個人観光も条件付きで解禁され、中台間の直行便を週370往復から550往復以上に増やすことでも合意、ヒトの往来は激増している。

恩恵は一部だけに

 ECFAによって、今年1月から中台双方で農林水産品や繊維、機械など計825品目の関税引き下げが始まった。うち台湾の農林水産品は茶葉や魚など18品目あり、これらの対中輸出額は今年1~5月、4942万ドル(約40億円)と前年同期比の約6.3倍となった。対中輸出全体では、今年1~5月は前年同期比11.1%の伸びを示した。今年1~7月の失業率は4.45%。台湾当局は2年近く5%を超えていた失業率も下がってきたと「対中関係改善による経済復活」を強調した。

 ただ、経済的な利益を享受できているのは、対中ビジネスに携わる実業家や観光業者、一部の農民だけで「台湾住民全体からみれば、ごくわずか」との声も根強い。年齢別の7月の失業率をみると、15~24歳が12.91%と突出して高く、新卒者の就職難が深刻なことが読み取れる。蔡氏ペアの支持者も20歳代の比率が高く、馬政権に不満を抱き、変革を求める若者層が蔡支持に回っていることが分かる。

 また、中国への経済依存や人的交流が深まれば、無党派層の中にも「このままでは中国にのみこまれてしまう」との危機感を持つ有権者が増え、民進党に有利な状況が生まれる可能性もある。


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