理想国家“ユーゴスラビア社会主義連邦”への賛歌
イヴァノビッチ氏によればセルビア共和国が中心となって運営したユーゴスラビア社会主義連邦は比類のない工業国家であった。自動車、鉄道、飛行機、充電、家電、そして軍事兵器まで全ての工業が発達した。さらに教育、医療が無料なので、生活水準が高く国民の大半が中産階級であると実感できた。
現在のように弱小共和国が分立したバルカン半島よりも当時の方が豊かで安定していたと再三強調。その証左として、ソ連邦や東側共産国家と異なりユーゴスラビア社会主義連邦では西側への家族旅行も自由であったという。
イヴァノビッチ氏は「海外旅行を自由化しても西側へ亡命を希望する人間がいない社会主義体制はソ連指導部にとっては目障りな存在であった。しかしユーゴスラビア社会主義連邦はインドやアフリカ諸国などと広汎に友好的国際関係を築き非同盟諸国のリーダーとなった」と輝かしい歴史を力説。
確かにドイツ民族のナチス、漢民族の中国共産党など多数派民族を中心とした独裁的体制国家が経済的に成功した事例がある。セルビア系民族のユーゴスラビア社会主義連邦もその一つであったのだろうか。
ユーゴ紛争における残虐行為は西側メディア操作による誇張?
コソボやボスニア・ヘルツェゴヴィナでの虐殺・民族浄化という西側の批判に対して、イヴァノビッチ氏は「戦争中の軍隊であるから、一部の行き過ぎた行為は否定できない」としながらも「米国始め西側メディアの操作(manipulation)が事実を誇張した情報を拡散して歪められた国際世論を形成した」と多くのセルビア人は考えているという。
特に米国は長年の戦略的目標であるバルカン半島における軍事拠点確保のためにユーゴスラビアを分断して弱体化することを狙っていた。EUの拡大強化を狙う英独仏も米国の陰謀と利害が一致していたために一方的な報道が拡散したとの分析。
陰謀論を根拠に残虐行為を矮小化するのは受け入れ難いが、イヴァノビッチ氏がフツウのセルビア人の“想い”を代弁しているように思えた。
さらに「現在でも法的にはコソボはセルビア共和国の自治州であり、国際社会でもロシアや中国など多数の国家がコソボ独立を承認していない」と指摘した。それは事実であるが、やはり西側市民の理解は得難いであろう。
リビアの独裁者カダフィ大佐は無私無欲の指導者だった?
ユーゴスラビア社会主義連邦のエリート学生であったイヴァノビッチ氏には連邦の解体とセルビアのバルカン半島での優位性喪失は憤懣やるかたないものなのだろう。本来であればエリート技術者として国家プロジェクトを指揮するはずであったが、現実は出稼ぎの施工管理マネージャーだ。
彼によると、当時ユーゴスラビアの国営企業はカダフィ大佐のリビアから多数の大型プロジェクトを請負っていた。特に“人工の地下の川プロジェクト”(Great Manmade River Project)は私も知っていた巨大プロジェクトであった。
当時のユーゴスラビア人技術者は「カダフィ大佐は私利私欲がなく、人民のために石油ガス輸出による外貨収入を全て公共投資に投下している」と評価していたという。
立場や見方が変われば真逆の評価もあり得るということだろうか。
⇒第5回に続く
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