WEDGE REPORT

2019年3月10日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「ビジネス」と「外交」は違う

 かくしてホワイト・ハウスと中南海の信頼関係が築かれ米中友好関係がスタートしたわけだが、はたして昨年来の一連の対北朝鮮交渉に当たって、トランプ大統領=ポンぺオ国務長官コンビは、かつてニクソン大統領=キッシンジャー補佐官コンビが中国政府に示したような信頼醸成への作業を試みていたのであろうか。

 トランプ大統領の金正恩委員長に対する評価が「ロケット・マン」から「クレバーなグッド・ガイ」に180度の転換を見せたとしても、それが単なるリップ・サービスの域を出ないなら、やはり北朝鮮としてもアメリカを信用するわけにはいかないだろう。

 ハノイ会談2日目、対北朝鮮強硬論者のボルトン大統領補佐官が北朝鮮国内の核・軍事施設に関する最高機密を提示したことで、金正恩委員長が席を立ち、交渉は決裂したとも伝えられる。だが、強硬姿勢一辺倒では“窮鼠猫を噛む”といった状況を招きかねない。やはり一寸の虫にも五分の魂である。相手の「五分の魂」をクスグルような硬軟織り交ぜた措置が必要ではなかろうか。これを企業家出身大統領が得意とするディールというのなら、ビジネス上の取り引きと外交交渉とが同じレベルの話になってしまう。ビジネスにおける駆け引きには外交と表裏一体の国防(=国家の歴史・矜持・栄誉の守護、国民の生命・財産の防衛)という側面がないことを、やはり忘れてはならない。

経済発展で独裁体制は崩壊するという“幻想”

 トランプ大統領は核を放棄した場合の北朝鮮経済の大いなる可能性を公言する。だが、金王朝の継続による経済発展を想定しているのか。それとも経済発展によって生活向上が果たされることで国民が民主化の方向に動き、将来の金王朝の独裁体制崩壊を思い描いているのか。

 かりに経済発展の果実の多くが金王朝とそれに連なる特権階層を潤すだけで終わることになったら、最悪の場合、国民にとっての将来は現在と大差はなく、悪夢以外のなにものでもないだろう。一方、経済が豊かになれば独裁体制は崩れ自ずから民主化に向かうと想定しているなら、それが幻想にすぎないことは、1978年末の対外開放以後の中国が教えてくれる。「中国の特色を持った社会主義」ならぬ「金王朝三代の特色を持った社会主義」を朝鮮半島に定着させかねない。独裁体制下の市場経済は独裁の基盤強化に繋がりこそすれ、民主化に向かうことが至難であることは、隣国の中国で実証済みのはずだ。

 はたしてトランプ大統領は北朝鮮にどのような将来像を描いているのか。もっとも、同大統領の一連の北朝鮮外交が大統領再選を目指す選挙戦略の一環に過ぎないというのなら、金正恩委員長のみならず北朝鮮国民にとっては“いい面の皮”といったところだろう。

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