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2019年3月10日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

日本人には理解しにくい“外交交渉の現実”

 相手を全く信頼しない双方が交渉した典型例として思いつくのは、やはり中国における国共対立だ。

 1945年8月15日の日本敗北を機に、将来の中国の在り方をめぐって国民党と共産党が激しく対立した。アメリカ政府が仲介役を務めたこともあるが、最終的には両党を率いる蔣介石と毛沢東が重慶で会談し、次代の中国の指導者は蔣介石(=国民党)であることを骨子とする協定――結ばれた1945年10月10日に因んで「双十協定」と呼ぶ――を結んだ。だが、1924年の国共合作以来、互いに騙し騙された関係を続けてきただけに、双方が相手を全く信頼してはいなかった。時間稼ぎに協定を結ぶ一方で、互いに相手を打倒すべく軍備を整え、戦端が開かれる時を待っていたのだ。

 以後、共産党史観で「国内解放戦争」と呼ぶ国共内戦が1946年6月から1949年10月の中華人民共和国建国前後まで続くことになる。

 この間の農村における共産党の戦いの正しさを国民に周知徹底すべく編まれ、文化大革命期に盛んに公演された革命現代京劇の代表作の1つである『杜鵑山』では、戦いを進めるうえでの方針に関して「談々打々、打々談々」なるセリフが飛び出す。いわばテーブルに着く(「談々」)のも、戦場でドンパチ撃ち合う(「打々」)のも、最終目的である勝利を手にするために連続する戦術の一環である。戦場での戦いの主導権を握るために話し合い、テーブルでの交渉に強い立場で臨むために戦場での戦いを有利に展開し、最終勝利に繋げようというわけだ。

 日本人は「打々」が終わったところで「談々」が始まり、双方が“不可逆的”に戦場に戻らないことを前提にテーブルに着くと考えがち。だが、世界はどうもそうではないらしい。

「マラソン交渉」が予想されるワケ

 かりに米朝交渉に「談々打々、打々談々」を当てはめるなら、アメリカにとっての「打々」は制裁の強化であり、北朝鮮にとってのそれはミサイル発射であり核実験となろうか。おそらく今後とも周辺を危機的状況に巻き込みながら、米朝両国は外交能力の限りを尽くしマラソン交渉を続けることになるだろう。だがアメリカにせよ北朝鮮にせよ一方的に相手を屈服させることは出来そうにない。それというのも米朝両国の都合(国益)だけで北東アジアを左右することはできないからだ。

 北東アジアを巡る歴史、地政学、国際関係などを考慮する時、以下を確認しておくことも必要ではなかろうか。

1)北朝鮮主導にせよ韓国主導にせよ、核を保有したままに朝鮮半島が統一されることは日本、中国、アメリカ、ロシアにとって受け入れ難い。

2)朝鮮半島が統一されたとして、この4カ国のうちの1カ国だけが統一された朝鮮半島と“特殊な関係”を持つことは許されない。

3)朝鮮戦争以来、中朝両国は必ずしも「血の同盟」で結ばれていたわけではないし、これからもそうであるはずだ。

4)北朝鮮の経済発展を考えた時、現実的に資金提供をできるのは好むと好まざるにかかわらず日本のみだろう。

5)その日本と北朝鮮の間には「拉致問題」が解決への糸口すら見つからずに残されたままだ。

6)核は金王朝を支える唯一最強の手段である。

 おそらく、以上を同時に満足させるような“多元方程式の解”は目下のところ見つかりそうにない。であるとするなら関係各国は相当長期に亘るマラソン交渉を覚悟する必要があるはずだ。

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