転勤制度の正体とは?
転勤制度は、「低次・顕在的従属性」グループに属し、日本企業の正社員制度の基盤である。
正社員の雇用といえば、解雇しない(できない)ことが大前提になる。ただ、いくら正社員だからといって全員が優秀で定年まで勤め上げるとは限らない。どうしても適格ではない社員が出てくる。そうした社員を解雇できない場合、何らかの方法で調整する必要が生じる。そこで「人事権」の出番になる。
「人事権」とは何か。人事権という概念は、法律概念ではなく、法律によって直接定義されている権利ではない。雇用者である会社は、労働契約等に基づき、労働者の配置や異動・配転、賃金調整、人事考課、昇進・昇格・降格の権利を有すると解される。その権利を「人事権」という。
実は「解雇権」も広義的属性において、人事権の一部として解釈され得るが、解雇行為との相互関係を比較するうえで、意図的に切り離して解説したい。したがって、拙稿における「人事権」とは、労働者の雇用期間中における地位や処遇の変動に関する雇用者である企業の一方的決定権限という限定的解釈を用いている。
日本企業は実務面において、正社員に対して「解雇権」をもたない代わりに、広範な「人事権」を有している。転勤を含む異動の辞令を会社が基本的に不自由なく発令できるのは、その表れである。一種の「give and take」たる「対等の取引関係」とさえいえる。転勤制度は「低次・顕在的従属性」グループに属している以上、社員は原則として辞令を拒否することができない。ただ、法律面で社員が転勤命令に対して拒否権を有しているか否かは、ケースバイケースで複雑な問題であり、詳述を割愛する。
雇用慣習や企業運営の基本的メカニズムとして、社員がもしこの種の「低次・顕在的従属性」を拒否した場合、つまり終身雇用制度上の基本的権利義務を拒否すると見なされるだろう。そこでたとえ転勤命令を拒否して即時解雇されなくとも、後日に受け得る人事上の不利益、特に潜在的不利益を覚悟しなければならない。これを、この種の「give and take」を素直に受け入れた社員との不公平を回避するために付される「バランシング制裁」として捉えれば、不当とは思えない。
戦後の高度成長期を背景とする正社員終身雇用制度の一部として生まれた転勤制度は、その合理性と正当性を有していた。しかし、日本の「終身雇用」は崩壊しつつある(参照:崩壊に向かう日本の「終身雇用」)。それは「約束手形」の不渡りを示唆するものである。終身雇用を保障できないとなると、「give and take」という関係における双務性が崩れる。であれば、会社が社員に人事辞令を発し、一方的に転勤・異動させることもできなくなるはずだ。
したがって、終身雇用メカニズムの希薄化には、転勤制度も同期して弱化されなければならない。数年後の日本は、3月の「転勤ラッシュ」が完全に消えるまでいかなくとも、風物詩たる地位を失うかもしれない。
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