2024年12月22日(日)

迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年3月6日

 日本は資源国ではない。胡坐をかいているだけでは食べていけない。日本人には勤勉要件を課されている。勤勉でさえあれば、将来という「約束手形」が保障されている。(参照:日本人に襲いかかる「経済的不安」の正体とは?)。しかしながら、バラ色の時代は終わった。

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ジャパン・アズ・オンリーワン

「約束手形」制度とは、将来の分配に供される資源が保障されていることを前提としている。この前提が崩れると、手形の現金化が難しくなり、「約束手形」の不渡りリスクが高まり、日本社会で善とされる「安全」や「安心」も毀損される。ところが、世界を見渡しても、「約束手形」制度がある特定の時期に成功を収めたのは日本くらいしかないことが分かる。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ではなく、「ジャパン・アズ・オンリーワン」なのであった。

 私はアジアで長く経営コンサルタントの仕事をやってきたが、こんな制度を見たこともない。現地の人に聞いても、「約束手形」によって将来が保障されるなど想像すらできないし、たとえそれがあっても絶対に信用しないというのである。

 しかし一方では、非常に面白いことに、現地に進出した多くの日系企業は、日本本社の人事制度をそのまま持ち込んで使っているのである。つまり日本型の正社員終身雇用制度もどきの「約束手形」制度を現地で実施しているということだ。

 私はそうした日系企業の日本人経営トップにいつも少々意地悪な質問をする。「貴社は日本以外の海外拠点でも、終身雇用制度なのですか」。すると、十中八九は答えないか、言葉を濁すかで逃げるのである。そこでさらに掘り下げる。「海外で終身雇用をやってもいいのですか」……。さすがにこれ以上続けたら、敵視されかねないので、この辺で打ち止めにする。

 現地の雇用慣習はさておき、日本企業をはじめとする外国企業に限っていえば、途上国や新興国に工場をつくって操業したり、製品を販売したりするのは、安い人件費や市場のポテンシャル目当てであろう。状況が変われば、次の地域へ移動する。というのも、フロンティアを求めるのが資本主義の本質であるからだ。このような流動性を前提に終身雇用云々を語れるはずがない。そこで日本型の正社員終身雇用制度を導入したところで、高い確率で問題になる。ときには深刻な問題が起こる。

「終身雇用制度もどき」の災い

 日本型の終身雇用制度には3つの大きな特徴がある――。解雇しない(できない)こと、定期昇給(昇格)をすること、定年退職金が出ること。

 アジアなどの海外、特に新興国や途上国に進出した日系企業のほとんどは、現地で解雇しないことと定昇することの2項目だけは忠実にやっている(欧米企業よりはるかに温情的な雇用政策を取っている)ものの、退職金を出す企業は皆無に近い。なぜなら、現地拠点は一種の時限措置としての出先に過ぎず、いつその国から出るか、次はどこに移るかも分からないからだ。むしろこれは至極真っ当な経営判断ではあるが、問題は3分の2しかやっていない不完全終身雇用制度が引き起こす副作用にある。

 たとえばアジアの場合、ほとんどの国では慣習的な終身雇用制度がなく、その代りに法制度による厳格な解雇制限(シンガポールや香港などを除外)が課されている。これは日本の終身雇用と本質的な違いがある。生涯視野の「約束手形」ではなく、強制された「現金取引」に近い雇用関係なのである。

 さらにいえば、現地人従業員はこの点についてもよく理解している。彼たちはあえて日系企業に終身雇用の問題を提起しない。とりあえず目先の3分の2でも制度もどきでもいいから日本型終身雇用の「現物(現金)特典」を享受しながらも、「約束手形」にはかけらほどにも期待していないのである。

 一方で、日本人経営者だけは蚊帳の外に置かれ、「現物特典」を年々積み上げ、従業員の既得権益を肥大化させながらも、賃金支払額と生産性が乖離する年長従業員、特にそのうち一部モンスター化した従業員や管理職を目の当たりにしても、なす術がない。

 海外との対比事例から、日本型の終身雇用を中核とする「約束手形」制度の特異性が明らかになり、日本の常識が世界の非常識であることが示された。


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