2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2019年4月14日

突然の退去通知

 人生には何の予兆もなく厄災がやってくる。数年前、インドを放浪していた春のある日。ゲストハウスで目を覚ますと、滅多に連絡がない長兄から携帯に着信メールがあった。咄嗟に悪い予感。

 メールと開くと、

実家のアパートのコーポ○○の借主S氏が数か月後に退去するので敷金30万円を至急返却するよう不動産屋から連絡あり。至急帰国乞う

 長兄は引退した公務員であるが世事に疎く、お金がらみの話になると頼りにならない。

兄上殿。敷金は借主が退去した後、修繕費用などを差し引いて清算するべきもの。不動産屋の即時返金請求は一旦断り、小生が帰国後に借主と直談判すると返答乞う

 と返信。

(TkKurikawa/Gettyimages)

コーポ○○とは?

 コーポ○○は名前だけは洒落ているが、亡父が35年前に建てた小さな老朽木造アパートである。地元の不動産屋に管理を任せており、父の死後二十数年間は老母が大家となっていた。それまで私はコーポ○○には全く関与していなかった。

 このアパートは実家や私の住居から遠く、車で小一時間もかかる。それゆえ家族の誰も過去25年以上コーポ○○の現況は見ていない。“不在大家”である。

老母からは「不動産屋さんがキチンと管理してくれているので、今まで何の問題もなく毎月家賃が振り込まれている」と聞いていた。

 コーポ○○の家賃収入で老母の老人ホームの入居費用をまかなっているので、私は“大家代行”としてコーポ○○を運営してゆかざるを得ないと覚悟を決めた。

不動産屋も老母もボケている

 インドから帰国後直ちに菓子折りを携えて不動産屋を訪問。出て来た親爺は御年90歳。話しぶりは元気であるが、実務的会話はまるで噛み合わない。

 「敷金の金額を確認するために賃貸借契約書の写しを見せてもらえますか」と切り出すと、「昔のアパートだから契約書なんて大仰なものはないですよ」とにべもない。

 退去後に居室を原状回復する費用を相殺して敷金を清算するのが常識ではないかと指摘すると、「借主さんが敷金30万円を返還するよう要求しているんですから、穏便に返済しないと警察沙汰になりますよ」と訳の分からないことを饒舌にしゃべる。

 老母は認知症の初期であるが、不動産屋の親爺は完全に痴呆症であった。不動産屋は営業している様子がなく休業状態であった。

 今後は私が“自主管理”(不動産屋を介さず大家が直接管理する業界用語)する旨を親爺に通告して、その足でコーポ○○に向かった。

コーポ○○は実年齢よりも見栄えがいい

 コーポ○○は築35年とは思えない概観でペンキも剥げていなかった。周囲は静かな住宅街で、なによりも陽当たりが良い。商店街にも徒歩数分だ。

 S氏は出勤して不在であったが、隣室のKさんが在宅していた。Kさんは御年75歳のお元気婆さん。Kさんは既に20年もコーポ○○に住んでいる。おしゃべり好きなKさんは隣近所の住民の動静に詳しく、初対面の私にコーポ○○の不動産価値を判断するための貴重な近隣情報を聞かせてくれた。


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