大英博物館ではなくて大英図書館?
ロンドンのセント・パンクラス駅の近くに大英図書館(British Library)がある。元々大英博物館の図書室に保管されていた膨大な蔵書を1980年代に現在の近代的建物に移動して大英博物館から独立したという。
大英博物館やナショナルギャラリーでは、大英帝国が世界中から収集した膨大な収蔵品や絵画に圧倒される。他方で観光客には余り馴染みがないが、大英図書館も大英帝国の懐の深さを感じさせる。
大英図書館では世界的に著名な所蔵物が展示室で一般公開されている。展示室の前には有名なエリザベス一世の1ペンス切手はじめ古今東西の郵便切手が収められているパネルが並んでいる。
モーツアルトの楽譜からジョンレノンの手紙まで
展示室に入ると、最初に音楽家の直筆楽譜(original score)のコーナーがある。モーツアルト(1756~1791)のスコアは天から受けた啓示をモーツアルトがそのまま音符に書き写したと読んだことがあるが、実物にも一切書き直しがない。
モーツアルトについて大英図書館の解説は『旅芸人一家の人気子役であった』と紹介している。モーツアルトが9歳の時に作曲して当時の大英博物館に寄贈した楽譜はコーラス付きである。題名は“神は我らの保護者”(God is our Refuge)、歌詞が英語で書かれていた。
1782年8月8日にモーツアルトとコンスタンツエ・ウエーバーが署名した結婚契約書(Marriage Contract)も展示されていた。翌日ウィーンのシュテファン大聖堂で挙式したようだ。
ヘンデル(1685~1759)の楽譜は何度も推敲を重ねた跡が多数見られる。英仏蘭の平和協定締結を祝って開催された花火大会のための楽曲(Music for Royal Firework)と解説にある。グリーンパークで一万発の花火が9時間にわたり打ち上げられたと記録されている。
ショパン(1810~1849)の『ベネチアのゴンドラ漕ぎの舟歌』(Barcarole in Sharp Major OP60 in 1846)の楽譜はショパンのイメージそのままに繊細な筆跡であった。
ベートーベン(1770~1827)の楽譜は交響曲『田園』(Pastoral Symphony)のスケッチである。極細のペンで書いたようで、判読できないくらい細かい文字で指示が書かれている。主旋律や重要部分だけを書いて途中を空白にしてある。後で書き込むつもりだったのだろうか。
面白かったのはビートルズのジョン・レノン。楽譜の他に手紙が展示されていた。ビートルズがハンブルグのクラブで演奏していた下積み時代のメンバーであるスチュアートに宛てた手紙だ。当時のビートルズはスチュアートも入れて5人編成であった。
一見落書きのような代物であるが、親友スチュアートへの熱い友情が伝わってくる。スチュアートはビートルズを脱退してハンブルグ芸術大学で絵画を学び素晴らしい作品を残したが21歳の若さで夭逝している。
その他に歴史の教科書でお馴染みの世界最古の憲法“マグナ・カルタ”や聖書、コーランの古稀本といった宝物が展示されている。
カール・マルクスの現代的意味とは?
2018年はカール・マルクス生誕200年ということで、展示室の一角に「カールとエレノア・マルクス」(Karl&Elenoa Marx)という特別展示コーナーがあった。
ソ連邦の崩壊以来マルクス・エンゲルス理論は破綻したと見做され、マルクスは“過去”の思想家として忘れ去られかけていた。しかし貧富の格差の拡大を分析したトマ・ピケティ―の大ベストセラー『21世紀の資本』を契機に再び脚光を浴びているようだ。
日本でも格差社会の急速な進行により、若者の間でプロレタリア文学の代表作である小林多喜二の『蟹工船』が読まれているとか、共産党のシンパが増えているとか、何かが変わってきている。バブル経済崩壊まで当然のように日本人が信じていた『一億総中流社会』が瓦解しつつある。日本ではマルクスはどんな現代的意味があるのだろうか。そんなことを漠然と考えながら特別展示を見学した。