2024年12月19日(木)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年4月24日

 この奇妙な「広告」は、これまで米国ワシントンやニューヨークの大手新聞紙を中心に定期的に折り込まれてきた。内容は、政治・経済・文化等、あらゆる分野にわたる。

図:米国有力新聞に見る「チャイナ・ウォッチ」
(出典:英国紙ガーディアンの報告書を元に筆者作成)
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 しかし、今回のチャイナ・ウォッチは、トランプ大統領の貿易政策に関するものがほとんど。一面には、「(米中の)闘争は、貿易によって生みだされる利益をむしばんでいる」という大見出しつきで、「米中貿易摩擦が中国の輸入者の関心を南米に向かせている」などと、トランプ大統領の対中政策を批判し、それによって被る米国農家の損害を警告している。そのほか、中国の文化などを宣伝・紹介する記事も掲載されている。

 これまで中国は、「ワシントン・ポスト」をはじめ、米議会専門誌「ロール・コール」にも広告を載せてきた。今回は、新たに米中貿易摩擦を題材に、ターゲットをアイオワ州に絞った世論工作を展開。また、中国国営テレビ中国中央電視台(CCTV)の国際放送チャンネルである、中国グローバルテレビネットワーク(CGTN)は、2018年7月、自身のウェブサイトにアニメを掲載し、アニメの中のキャラクターに「米中貿易摩擦が米国の農民の利益を損なわせた」と語らせた。

 このキャラクターは、何と大豆である。音声は英語、そして中国語の字幕付きだ。アニメというが、鉛筆や絵の具で描いたような優しいタッチの画で、いやらしさが全くない。「こんにちは、僕は大豆」と、キャラクターの大豆が自己紹介する。「僕はそんなに大したことないように見えるかもしれないけれど、こう見えてとても重要なんだ」と、大豆の果たす役割を語り、米中貿易摩擦が米国農家にとってどれほどの損失になるかをアニメーションでわかりやすく説明する。

 チャイナ・ウォッチやこのアニメ動画を世に流す中国当局の目的は、トランプ大統領の支持者を揺さぶることである。前述のように、米国に巨額な関税をかけられた中国は、その報復措置として、同月中に米国産大豆を含む農産品に対し、25%の関税を課した。それに合わせるかのように、中国が中西部のアイオワ州に住む米国人を対象に世論工作を仕掛けた。これは、中国製品に大幅な関税をかけたトランプ大統領に対する報復の手段であり、来たる11月の中間選挙を睨んでのことだったと考えられる。

狙いは支持母体の「トランプ離れ」

 「中間選挙を睨んで」とは、一体どういうことだろうか? 大豆が大半を占める穀類は、米国最大の対中農産物輸出品だ。また、2017年の中国の大豆輸入9554万トンのうち、30%が米国からだった。その額は120億ドルにも上る。中でも、アイオワ州は農業が盛んな土地柄であり、大豆生産量は全米1位を誇る。

 過去10年間で中国向け大豆輸出は26倍に増大しており、対中貿易依存度も高くなっている。このように、米国にとって大豆は、対中輸出品の中でも非常に重要な品目といえる。

 一方、中国も、海外からの大豆輸入に依存している。90年代半ばまで大豆輸出大国であったものの、年々輸入量が増え、年間1億トンもの大豆を輸入するようになった。その内訳の平均は、米国産は約40%、ブラジル産は約50%ほどだという。大豆は、豆腐や豚などの飼料、ビスケット等の主な原料となる。中国は世界最大の豚肉消費国だ。中国の養豚業者にとって、大豆は必要不可欠な飼料原料なのである。

 そして、アイオワ州が位置する中西部の農民は、トランプ大統領の支持母体の一つだといわれる。2016年の大統領選では、大豆生産量の上位10州のうち9州がトランプ支持に回ったという。

 一方で、アイオワ州は、米国大統領戦でも民主党と共和党が激しい争いを繰り広げる、いわゆる「スイング・ステート」のうちの一つでもある。2018年11月の中間選挙でも、民主・共和両党の激しい争いが予想されていた。つまり、今回、アイオワ州の地方紙等を利用して米国世論に働きかけを行った中国の試みには、トランプ大統領の支持母体をターゲットに、トランプ大統領のせいで大豆農家が経済的に大打撃を受けると宣伝することで、トランプ離れを起こす狙いがあったのだ。

 米国の農家は、中国向け大豆の約半分を毎年10月〜11月にかけて輸出するという。中国による関税25%上乗せにより、米国産大豆の対中輸出が影響を受けた場合、大豆相場の大幅な下落も予想される。米国の大豆農家にとって大打撃となるかもしれない、と思われていたのだ。


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