2000億ドルもの追加関税発動
これまで筆者のコラムでは中国の対米世論工作、すなわちパブリック・ディプロマシー(PD)が失敗しつつあるのではないかと指摘してきた。では、今回の中国の対米世論工作は、成果があったのだろうか?
はじめは、トランプ支持層の切り崩しを狙った中国の試みはうまくいっているようにも見えた。米国産大豆を含む中国の関税引き上げを受け、米農業団体などからトランプ大統領の対中貿易政策に対して抗議の声が上がったのだ。アイオワ大豆協会や全米の大豆農家30万戸で構成される米国大豆協会は米政権に激しく抗議、解決を求める声明を発表した。このように、当初は農家のトランプ離れの傾向が出始めていたのである。
しかし、中国の企てはそう簡単には成功しなかった。中国の対応を受け、トランプ大統領が激怒。中国の、大豆農家というトランプ支持層を狙った世論工作の意図を読みとったのか、トランプ大統領は、「中国は今年の中間選挙に介入しようとしている」と名指し批判し、さらに2000億ドルもの中国製品に関税をかけると発言した。
政権内での中国批判も後を絶たない。2018年8月には、ボルトン大統領補佐官もABCニュースで、米選挙への介入の恐れのある国に、ロシアやイランと並んで「中国」の名前を挙げた。また、元アイオワ州知事であり現駐中国米国大使のテリー・ブランスタード氏は、10月にデモイン・レジスターに寄稿し、「中国は、報道の自由の下でプロパガンダ広告を実施するという弱い者いじめを行なっている」と中国を批判した。
農家へのフォローを欠かさないトランプ大統領
中国の関税措置によって米国大豆農家が被ると考えられる痛手はどの程度のものだろうか? どうやら、それほど深刻な問題とはならない可能性もあるようだ。デモイン・レジスターに折り込まれたチャイナ・ウォッチで、中国は「米国より南米の方に関心が向いている」として、中西部の農家に揺さぶりをかけたが、実際は、ブラジルなど南米に米国産大豆の減少を補完できるだけの余力はないとする米国の研究者の見方もある。米中の大豆貿易が混乱することは必至だが、結局のところ、米国からの輸入がどれだけ減るかはわからないということだろう。
さらに、トランプ大統領自身も、米中貿易摩擦の影響を受ける米国内の農家に対し懸命にフォローを行なっている。これらの農家に対し、数十億ドルから最大120億ドル規模の救済策を政府として導入する方針を発表したのだ。また、中国を厳しく非難し、前述の2000億ドル規模の中国製品に対する追加関税措置を進めるよう2018年9月14日に側近に指示し、さらに、この2000億ドルとは別に、新たに2670億ドル相当の中国製品に輸入関税を課すとも警告した。
こうした経済面での対応に加え、トランプ大統領は、得意のSNSによる発信も忘れなかった。デモイン・レジスターにトランプ批判に広告が掲載されたわずか3日後、トランプ大統領が自身のツイッターに「中国はデモイン・レジスターや他の新聞に、ニュース記事に見せかけたプロパガンダを載せている」と批判を投稿し、中国のこうした対応について、「貿易問題で我々が打った手が効いているからだ。事が済めば、市場は解放され、農家には大金が落ちる」と、米国農家向けに説明した。
このようにトランプ大統領は、様々な手段で支持母体に対するフォローを行なっている。今年に入ってからも、同氏は、アーカンソー州とテキサス州などの農業地帯を回り、農民の話に耳を傾けてきた。そうした取り組みの効果もあり、トランプ支持層からは、同政権の減税や規制緩和といった政策を評価する声が多い。米国全体のトランプ支持率が伸びている訳ではないが、不支持率が一定の水準から上昇しない背景には、こうしたトランプ大統領の支持者に対するきめ細かいフォローがあるからなのだろう。