なぜお父さんは暴走したのか?
現実は残酷です。お父さんがどう頑張っても、ヒロキくんの成績は上がりません。むしろ、お父さんが介入したことによって、成績は下がっていく一方です。
では、なぜお父さんはそこまで開成中にこだわるのでしょうか? お母さんに聞いてみると、意外な言葉が出てきました。「学歴コンプレックス」と言うのです。ヒロキくんのお父さんは地方の公立名門校から都内の難関大学に進学しています。そして今は国家公務員で、端からすればエリート街道を進んでいるように見えます。ところが、現実は出身大学によって出世コースが変わってくるのだといいます。ヒロキくんのお父さんは努力家で優秀な方ですが、「学歴コンプレックス」という乗り越えられない壁があったのです。
だからこそ、わが子には同じ思いをさせたくないという気持ちがあったのでしょう。お父さんの同僚は中学受験経験者が多く、東大出身の優秀な人ばかり。自分は地方の県立高校から苦労して私立大学に進学したけれど、もし私立中高一貫校に行っていれば、自分の人生は変わっていたかもしれない。その後悔が、お父さんを暴走させてしまったのです。
夏休みが終わり、お父さんは海外の赴任先に戻りました。秋には開成中をあきらめ、別の学校を第一志望校に変えましたが、こちらのアドバイスには一切耳を貸さず、強気な受験をしてしまいました。結果、ヒロキくんは第4志望の学校に進学することになりました。
中学受験は子どもがまだ成長段階の途中にいるため、最後まで何が起こるかわからないという怖さがあります。しかし、ヒロキくんの場合は、明らかにお父さんが介入したことでうまくいかなくなってしまったケースの一つです。
この家庭は何を誤ってしまったのでしょうか?
ヒロキくんは5年生の始めまでは偏差値50レベルの学力を持っていました。その成績をキープできたのは、4年生までは基礎的な内容で、暗記やくり返しの学習でなんとか乗り越えられたからです。でも、5年生になるとそのやり方は通用しなくなります。なぜなら、5年生からの学習は、勉強の量も質も変わってくるからです。
例えば算数なら、4年生なら「この問題はこう解く」という解法を覚えることが主な学習となります。それが5年生になると、「この問題を解くときは、線分図と面積図の解き方があるけれど、今回は○○について問われているから、この解き方だな」といったように、自分が知っている解法の中で、どれを使うかを考える学習に変わります。そして、6年生になると、さらに問題が難しくなり、どの解き方で解くかという選択以前に、解法自体を見つけることが課題となります。つまり、総合的に考える力が求められるようになります。こうして、学年ごとに問題に対する取り組み方を変えていく必要が生まれます。それは量を増やすことだけではなく、質を変化させていくことなのです。
中学受験で成績が伸び悩んでいる子の多くは、この勉強の取り組み方を知らず、ただ闇雲に量を消化しようとしています。けれども、量だけで解決できることではありません。納得感も充実感も持てない大量演習を強要することで、子どものモチベーションを下げ、理解欲を低下させるという悪循環を引き起こしてしまったのです。
中学受験にお父さんは不要と言いたいわけではありません。ただ、正しいやり方を理解しようとせずに、お父さんの成功体験に基づく価値観で進めていくことには賛成できません。大学受験なら勉強量や気合いで乗り切ることもできるでしょう。それができるのは精神的に大人に近づいているからです。でも、小学生の子どもは量や気合いだけでは乗り越えることはできません。中学受験は、小学生の子どもの成長に合わせて勉強を進めていくことが大切です。親御さんのサポートは必要ですが、親御さんの価値観を押しつけてはいけません。あくまでも主役は子どもであることを忘れないでください。
(構成・石渡真由美)
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