2024年6月15日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2019年6月28日

分断が生み出す「格差」に目が行きやすい

『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング, オーラ・ロスリング, アンナ・ロスリング・ロンランド 著、上杉周作, 関美和 翻訳、日経BP社)

 たとえば、「分断本能」の章では、数字の落とし穴について指摘する。「平均」を比べる場合、2つの数字の背後には大勢の人の重なりが存在し、分断されてはいない。2つのグループには重なりがある。

 「金持ち」と「貧乏」などのように、私たちは極端な話に興味を持ちやすいし、極端な話のほうが記憶に残りやすい。分断が生み出す「格差」に目が行きやすい。しかし、分布をよく見れば、大半の人は中間部分にいる。

 このことから著者は、話の中の「分断」を示す言葉に気づくこと、それが重なり合わない2つのグループを連想させることに気づくこと、大半の人がどこにいるかを探すこと、などを提案する。

 本書では手始めに、ドラマチックすぎる「分断された」世界の見方の代わりに、4つのレベルで考えることを呼びかける。所得レベル、エレベーター、溺れ死ぬ子供などの事例を挙げて、世界のさまざまな事柄を4つのレベルを用いて説明する。「4つのレベルを使えば、世界をはっきり正しくとらえることができる」からだ。

「自分は本能に支配されていた」と
過ちを認められる空気をつくること

 次に、世界はどんどん悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」を抑えるには、「ネガティブなニュースのほうが、圧倒的に耳に入りやすいと覚えておくこと」、「悪いニュースのほうが広まりやすいことに気づくこと」などを提案する。

 ニュースを扱う記者としては耳が痛くなる指摘なのだが、良い出来事やゆっくりとした進歩はニュースになりにくい。また、悪いニュースが増えたからといって、悪い出来事が増えたとは限らない。

 「悪い」(現在の状態)と、「良くなっている」(変化の方向)の2つを見分け、2つが両立することを理解しよう、という著者の提案には、なるほどと思った。

 「恐怖本能」の章では、子供向けのワクチンや放射線被爆、殺虫剤のDDTなどの化学物質について、「事実に基づいた理解を広めるのは、いまだにとても難しい」ことが、実例を挙げて述べられる。

 <DDTの取り扱いには十分注意すべきだが、場合によっては役立つこともある。たとえば、難民キャンプで蚊が大量発生したときは、DDTを使うのが最もコストがかからず手っ取り早い。しかし、アメリカ人やヨーロッパ人、恐怖本能を糧にする政治団体にとっては、そんなことはどうでもいいようだ。彼らは、アメリカ疾病予防管理センターと世界保健機関による膨大な調査報告や、それに基づく短い勧告すら読もうとしない。だから、DDTの限定的な使用についての議論が進まない。そんな世論のせいで、DDTは確実に命を救えるという証拠があるのに、支援団体は使えなくなってしまう。>

 現場で働いてきた医師ならではの、もどかしい気持ちが伝わってくる。

 「規制が厳しくなる理由の多くは、死亡率ではなく恐怖によるものだ。福島の原発事故やDDTについて言えば、目に見えない物質への恐怖が暴走し、物質そのものよりも規制のほうが多くの被害を及ぼしている」と、著者は続ける。

 「犯人探し本能」の章では、「だれかが見せしめとばかりに責められていたら、それに気づくこと」、「犯人ではなく原因を探そう」、「ヒーローではなく社会を機能させている仕組みに目を向けよう」と呼びかける。

 どの章も、認知心理学などで明らかになってきた人間の認知のゆがみに現場から光を当て、情報を批判的に見ることと同時に、自分自身を批判的に見ることの大切さを訴える。

 著者自身、本能に支配されて何度も過ちを犯してきた経験を後悔とともに語っており、説得力がある。だれもが「自分は本能に支配されていた」と、過ちを認められる空気をつくることが必要、という考え方に深く共感した。

  
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