またもや燃え盛る、雪の下の炎
この件では、事件そのものの衝撃や痛ましさのほかに、関連してまたもや驚嘆を禁じ得ない事態が起きていた。というのも、ソナム・ワンギャルの焼身後、中国公安局は遺体を押収したのだが、これに多くのチベット人が抗議の意志を表したのである。はじめは数百人が抗議の行進を行ない、その後は2000人ものチベット人が、ロウソクを手に徹夜の祈りを捧げ、当局に遺体の返還を求めたという。
今回以前にも、焼身者の遺体の取り扱い方をめぐって、チベット人市民が当局への反感を募らせたということがたびたびあった。そのためか、ソナム・ワンギャルの件では、公安当局は緊張の高まりを避けようと、遺体の返還には合意した。しかし、その後、彼のいた僧院で行われる追悼式に数千人のチベット人が参集するであろうとの見通しから、例によって、当局は、ダルラック県一帯に大規模な警官の配置をする。ところが、これにさえも怖気づかないチベット人らは、ダルラック県一帯に、ソナム・ワンギャルの行為を称えるポスターを貼り、中国製品ボイコットの動きまで見せていたとRFAは伝えている。
さらに14日には、同じンガバで、若い俗人のチベット人が焼身しその日のうちに死亡したのだが、この際、警察はまたしても彼の体を足蹴にし殴打したという。これに怒った地元住民、少なくとも100人が警察に抵抗、警察側は催涙ガスや銃器を持ち出し、この際2人のチベット人が警察に撃たれたとの情報も後日伝えられた。
前々回に詳しく触れたが、中国共産党の暴力と恐怖による圧政が60年を超えて続いた今日でさえもなお、チベット人の『雪の下の炎』は消えるどころか、ますます燃え盛っているのである。
こうした未曾有の状況が続く中、米国政府は2度にわたり声明を出した。1月9日には国務省報道官が、「チベットで新たに3人の焼身があったことは、米国にとっての深刻な懸念」と、26日には、デモ隊への発砲等を受け、国務省の「チベット問題特別補佐官」マリア・オテロが中国政府に向けて、「中国の全国民に等しく人権を保障するよう」求め、同時に「チベット系住民の件に関し、ダライ・ラマ側と対話を行うよう」求めるとの声明を出した。対してわが国では、政府筋からも、昨年のダライ・ラマ法王来日時に大挙して面会した有力政治家らからも、この件につき何らの言葉も発せられていない。
ところで、チベット本土がこうした状況の中、インドのチベット亡命政府、ダライ・ラマ側はどのような状況にあるのか? それを見ていくうち、ひょっとすると近い将来、チベット、あるいは中国全土に大きな変化ありか、その胎動では、とも思われるいくつかの事柄が浮かび上がってきたのである。
ダライ・ラマの灌頂に1万人近くが越境
チベット本土の緊迫続く折も折、昨年の大晦日から1月10日までの間、インド東部にある仏教の聖地ブッダガヤ(釈迦が悟りを開いた地)では、ダライ・ラマ14世法王によるカーラチャクラ灌頂が執り行われた。
カーラチャクラとは、チベット密教における最奥義のひとつの聖典を指し、その奥義を授ける灌頂が、事前準備にあたる土地供養を含め11日間をかけて行われたのである。ダライ・ラマによる直々の灌頂、しかもブッダガヤで行われる、ということもあり、世界中のチベット人、仏教徒の間でこの件は前々から話題となっていた。