2024年4月24日(水)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年1月31日

 現に私の友人の漢人の中にも、「チベットの人々には同情するし、共産党の統治はたしかに酷い」といい、さらに、法王に関心をもち、「法王来日の日程に合わせ日本へ来て講演を聞きたい」とまで言いながら、一方で、「しかし、ダライ・ラマ側の言う『高度な自治』にも反対。ましてや独立など論外」と言い、「騒動を起こす連中を当局がある程度取り締まるのは当然」と言う人が複数いる。

 この発言は、自らの身の安全のため、ということもあるが、やはり彼らの中に、「漢」による覇権は揺るぎないものであれ、との意識があるためだともいえよう。さらに、今日の中国の都市部で恵まれた生活を送る層にとって、チベットでの悲劇は、日本の破廉恥な「ジャーナリスト」らほどではないにせよ、「遠くの出来事」に過ぎないのである。

中国との「冷戦」を続けるインドが仕掛ける情報戦

 話をインドに戻したい。今般のブッダガヤでの灌頂に際し、インド当局は法王周辺の警備をいっそう厳重にしていた。が、灌頂の期間中、「チベット自治区から、ダライ・ラマ暗殺の命を受けた中国人スパイ6人がインドへ入国した」との情報がインドメディアを駆け巡ることとなる。この報道はむろん、当の6名のみならず、灌頂の参加者を装って多数潜入したであろう中国側の全工作員に対する、インド当局の牽制の意を込めたリークによるものにちがいない。

 インドのこうした動きはさらに、隣国パキスタンはもとより、内戦終結以降つながりが深まるスリランカ、そして件のネパールと、自らの周辺を取り囲む隣国すべてに影響力を強めてくる中国に対抗すべく仕掛けた、いわゆる情報戦の一環でもある。

 実は今日、インドは中国に負けず劣らずの軍拡国家となっているのだが、中国のように、世界から「脅威」と見られていないのにはワケがある。むろん中国のように、あからさまに他国への侵略と映る行動をしていないせいもあるが、それよりもむしろ、その中国の影に隠れて目立たぬよう、あるいは自らの軍拡が中国への対抗策として正当なものと映るよう、陰に陽に、「中国の脅威」を浮き彫りにする戦術を繰り広げているからだともいえる。

 インドは、中国とはまた異なる、民族の総入れ替え戦の繰り返しのような歴史を持つ国だ。当然それに伴う謀略の歴史を有し、そこへ英国流インテリジェンスの伝統も加味されている。今日、あたかも、中国に押されっぱなし、のように見えるインドが、実はそうした構図を巧みに描き出し、世界に発信して、国際社会での自らの姿をよく保つよう努めていると言えなくもないのである。その流れの中では、「聖人ダライ・ラマを護っている者」とのイメージをも一種のカードとして有効に使っていると見えなくもない。

 中国も、インドも、さらにもっと小さな国や、あるいは北朝鮮のような国も、世界の国家という国家はおしなべて、生き残りのため、日々、鎬を削っている。一方、チベットには、そんな国家の抑圧からの「自由」を叫び、自らを燃やす人々がいる。そうした中で、われわれ日本人だけが、「自由」なる言葉を弄んでばかりいてよいはずはない。一刻も早く、「政治的未成熟児」の状態を脱皮し、現実の国際政治の世界へ目を向けなければならない。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

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