また、コープふくしまは、陰膳調査の結果や、生産者へのヒヤリングなどを基に、消費者が組合員として運営にかかわる生協としては異例とも言える見解を、放射線審議会で示しています。理事が「新基準が施行されれば広範な田畑が作付け制限を受けることは必至。福島の農業が壊滅的打撃を受け復興の道を閉ざす。新基準値は受け入れられない」と反対意見を述べたのです。
新基準値が被災地の生産、復興を阻害する、という意見は、環境リスク学で有名な松田裕之・横浜国立大学教授も表明しています。
新基準が風評被害も助長する?
単に、作付け制限が広がり生産現場が打撃を受けるというだけでなく、消費者の“気分”も懸念されています。福島の生産者に尋ねたところ、多くの人たちが「500を100にすることで、減らせば減らすほどいいという感覚になる。ならば次はゼロだ、と消費者がなるのは当たり前」と言います。農地にも海にも放射性物質はありゼロにはできないのが現実なのに、消費者がゼロを望むとどうなるか。消費者は、店で被災地産を避け、西日本産や輸入食品に手を伸ばしても、なんの不自由もないのです。
食品メーカーの中には「もう、福島産や茨城産などは原料としては使えない。科学的なリスクとしては問題なくても、市民による検査などで『検出された』となった時に、企業が受けるダメージは計り知れない」というところが出て来ています。そんなことを表立って言ったら「風評被害を助長するのか」と企業は非難される。だから、口が裂けても言いません。でも、オフレコでは本音が出ます。
それに、新基準値移行によってどの程度のコストがかかるのかも明らかにされていないのも問題です。より高度な分析装置が求められ、必要台数も増え人件費もかさむ。民間も監視する側の行政も、費用がかかります。リスク低減効果は、それに見合うのでしょうか?
福島ではさまざまな検査が行われ、内部被ばくは非常に小さく、外部被ばく対策が重要であることがはっきりして来ています。また、瓦礫の処理という大問題がまだほとんど未解決です。相対的に見れば小さなリスクである食品の検査より、外部被ばくの低減に限られたリソースを分配すべきではないのか。でも、そんな検討が行われている気配はありません。
既成事実化を図る厚労省
このような新基準値の長所、欠点、不明の点をてんびんにかけて、社会が「でも、消費者の安心感は大事。だから、新基準値を―」となるのであれば、それは致し方のないことです。でも私は、消費者はこのような安心策を心の底から望んでいるのではなく、被災者への影響にかんする情報を得られず、 “想像力”も失っているのではないか、と考えるのです。だからこそ、いろいろなところで情報発信をしてきました。
厚労省は、新基準値施行には放射線審議会の了承が必要であるにもかかわらず、放射線審議会の審議と並行してパブリックコメントを実施し、全国でリスクコミュニケーションを開いて「新基準値は4月に施行する予定」と説明し、WTOにも通報して、既成事実化を図っています。さて、皆さんはどう思いますか? 安心を求めたい気持ちはだれにでも当然あります。善意のまっすぐな気持ちが、だれかの大きな犠牲を招く可能性を視野に入れて考えてみませんか?
<参考文献>
・厚労省・食品中の放射性セシウムスクリーニング法の一部改正について
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001uv9r-att/2r9852000001v1wc.pdf
・食品中の放射性セシウムスクリーニング法の一部改正案」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000021b3t.html
・文科省・放射線審議会
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/index.htm
・朝日新聞記事「福島の食事、1日4ベクレル 被曝、国基準の40分の1」
http://www.asahi.com/national/update/0118/TKY201201180799.html
・京都大学「福島第一原子力発電所事故による放射能拡散の調査」
http://hes.med.kyoto-u.ac.jp/Fukushima/achievement.html
・コープふくしま陰膳調査
http://www.fukushima.coop/info/important/detail.php?d=75d9f8903bfdd803a3bb8512703a99e9e7804188
・厚労省・食品中の放射性物質の検査について
http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/shokuhin.html
・水産物の放射性物質調査の結果について
http://www.jfa.maff.go.jp/j/sigen/housyaseibussitutyousakekka/index.html
・Grobal Energy Policy research・松田裕之・横浜国立大学教授
「食品の厳しい基準値は被災農漁家への新たな人災」
http://www.gepr.org/ja/contents/20120206-01/
・食品の放射能 厚労省は規制値案を再考せよ(2月4日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120203-OYT1T01190.htm
・Foocom.net「編集長の視点」
http://www.foocom.net/category/editor/
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