2022年8月15日(月)

Wedge REPORT

2019年9月13日

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馬場未織 (ばば・みおり)

二拠点居住ライター

日本女子大学大学院修了後、建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。2007年から平日は東京、週末は千葉県南房総市の里山の二地域で居住する。田舎暮らしなどをテーマに執筆活動を展開。南房総の里山と都市に暮らす人をつなぐNPO法人南房総リパブリックの理事長も務める。著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。

電波がなく、市役所も情報把握できない

 10日、まだ館山道が使えない時にアクアラインを渡って房総半島に入ったら、ほどなく圏外になった。それまで「現地の情報を伝えるから適宜判断しよう」と東京にいるNPOメンバーと話していたが、そんなことはできようもない。

 房総半島にいる知り合いの安否確認ができなくて不安だった人も多かったと思う。

 通信状況が突然悪くなったのは、台風一過からだいぶ経ったころだったという。9日は連絡がついたのに、10日からはまったく音信不通というパターンが多い。NPOのメンバーで、10か月前に館山市布良に移住した20代のK氏とも、途中で連絡が途絶えた。

 また、ごくたまに淡い電波が「やってくる」ことがある。それでもらった連絡をキャッチすることはできるのだが、返信しようと思ってもそれは叶わない。南房総滞在中、筆者もそんな状況を何度か経験した。

 市民も大変だが、市役所も混乱を極めていた。11日に南房総市役所を訪れ、物資提供やボランティア派遣など市との連携をお願いした際、「市のホームページを見ればいいですね?」と聞くと「それができていないんです。そもそも職員同士も連絡がとりにくくて全体状況が把握できないし、情報発信ができないんです」とのこと。市役所の玄関にはホワイトボードが置かれ、そこに支援情報や通信状況の把握について書き込まれていた。

南房総市役所に長く電気が来ない中、支援してくれた人の名前と物資がホワイトボードに記される

 今朝、知り合いの市役所職員の方とようやく連絡がとれた。市役所内の通信環境が良くなったようだ。

 これからいろいろな体制づくりがなされるはず。館山市には確立していた社会福祉協議会と市との連携も、南房総市は今まさにつくろうという感じだった。これが「対応に追われる」ことなんだと実感した。

崩れた屋根を直す職人が行けるのは「早くて12月」

 K氏は、実家に一時避難している。館山市布良の家は、住める状態ではなくなってしまったからだ。

 台風直撃の夜は家が揺れ続け、外でモノが壊れる音がし続けて、家の中が滝のような雨漏りとなり一睡もできなかったという。「眠れずに、いつこの台風は去ってくれるのだろうとずっと台風の進路情報を見ていました。台風の目にもあたらず、こんなにひどい状態なのに直撃は3時間後だと知って愕然としました」。朝起きたら、家のまわりには瓦が散乱し、近所の人達は呆然と外に出てそれを見つめていたそうだ。

 10日の昼過ぎに彼を訪ねると、ほとんど熱中症になりながら家の片付けをしていた。

 瓦はとりあえず家の脇にまとめてあった。

 周辺の家も、ほとんど全戸、屋根瓦が崩れている。そして、「とりあえず掃除」といわんばかりに瓦礫が道脇に寄せられている。外壁がなくなったり、潰れてぺっちゃんこになっていたりする家などを見ながらまちなかを歩いているとちょっと感覚が狂ってくる。「ああ、屋根瓦だけでまだ軽傷だ」と。

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