WEDGE REPORT

2019年9月30日

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秋元千明 (あきもと・ちあき)

英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長

早稲田大学卒業後、NHK入局。30年以上にわたり軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。2012年から現職。著書に『アジア震撼』(NTT出版)、『戦略の地政学──ランドパワーVSシーパワー』(ウェッジ)など多数。

ランドパワーに寄り添う
韓国の重大な地政学的過ち

短距離弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮
(KNS/KCNA/AFP/AFLO)
 

 しかし、現実にそんなことが可能なのだろうか。地政学的視点にたてばその答えは明白にノーである。朝鮮半島は今も昔も地政学の主戦場である。朝鮮半島は数百年もの昔から、大陸内部に拠点を置く国家、通称ランドパワーと海に拠点を置く国家、通称シーパワーのせめぎ合いの場所であった。朝鮮半島の歴史を簡単に俯瞰してみよう。

 朝鮮半島には紀元前2世紀頃、最初の国家として衛氏朝鮮が誕生し、その後、高句麗、百済、新羅の三国時代や高麗の時代を経て、14世紀末には朝鮮民族の最後の王朝であり、統一国家である李氏朝鮮が誕生した。その時代は1895年、日清戦争で日本が清を破り、下関条約によって朝鮮を独立国として認めさせるまで続いたが、その間、朝鮮半島の国家はほぼ一貫して、中国の属国である冊封国であった。つまり、朝鮮半島は国家が誕生して以来、中国というランドパワーの支配下に長く置かれていた。

 しかし、これは決して安定したものではなかった。16世紀には日本の豊臣秀吉が当時の中国、明の征服を目指して李氏朝鮮に侵攻した。文禄・慶長の役である。これに対して、明は援軍を朝鮮に差し向け、朝鮮半島を舞台にランドパワー・明とシーパワー・日本の間で、休戦期間をはさんで通算3年以上にわたって戦争が続いた。この時代にあって世界的にも類例のない大戦争であった。

 結局、豊臣秀吉の明征服の野望は途中で頓挫し、戦争は終結したが、この時以来、日本は朝鮮半島を大陸進出の出入り口として戦略的に注目するようになり、19世紀後半の日清戦争にまで引き継がれた。日清戦争後、独立を認められた李氏朝鮮は大韓帝国として独立するが、中国の影響力は大幅に低下した。するとロシアが朝鮮半島への進出を狙うようになり、それを認めない日本との間で日露戦争が勃発した。日露戦争は朝鮮半島を経由して海に進出しようとするランドパワー・ロシアと、それを阻止しようとするシーパワー・日本の戦争であった。

 その結果、日本が勝利し、大韓帝国と日韓併合条約を結び、韓国を併合した。これによって、シーパワー・日本が朝鮮半島を統治することとなり、その状態が第二次世界大戦による日本の敗戦まで続くことになるが、日本の敗戦が濃厚になると、再びロシア(旧ソビエト)は朝鮮半島東北部に侵攻し、朝鮮半島に関心を示すようになった。

 そして、第二次世界大戦後、朝鮮半島は南北に分断され、北を支援するランドパワー・中国とロシア、南を支援するシーパワー・アメリカなど西側諸国の間で戦争が起こり、朝鮮半島は日本の支配が終わった後、再び戦火に包まれたのである。

 このように朝鮮半島の歴史は勢力圏を朝鮮半島全域に拡大しようとする大陸のランドパワーと、それを阻止しようとする太平洋のシーパワーの衝突の歴史であり、その構図は現代でも基本的には変わっていない。

 こうした歴史の事実を振り返れば、地政学上、韓国が発展するには二つの道しかないことがわかる。

 それは、太平洋のシーパワーと連帯して大陸のランドパワーに対峙するか、もしくは大陸のランドパワーに寄り添い、太平洋のシーパワーと対峙するかである。実際に現代の韓国がこれまで進んできた道はシーパワーと連帯する道であり、米韓同盟はまさにそのシンボルである。韓国はこれまで米国の核の傘のもと安全を確保し、日本の莫大な経済支援を受けながら経済発展を遂げてきたのであり、日米韓のシーパワーの連帯こそが韓国の発展の源泉であることを忘れてはならない。

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