受験算数に「消去算」と呼ばれるものがあります。多くの塾では小4で学習するもので、例えば次のような問題です。
大人であればみかん1個をx円、りんご1個をy円とおいて、連立方程式で解きます。これを塾で習う際にはみかんやりんごの絵をかいたり、みかんを【み】、りんごを【り】(み・りを○で囲む)などと書いたりして並べ、違いに注目して解きます。これらの方法は実質的な処理としては同じですが、認識には大きな差があります。
子どもの頭の中では「りんご2個で180円」と考えており、中学受験に通じている指導者であればそのように具体的な感覚に落とし込んで理解させるところです。これを最初から「2y=180」と言ってしまうと、それは何か得体の知れないものに感じられ、「何かよくわからないけど解けるもの」となってしまいます。そのままわからないけど解けるから全部それでやっちゃえ、とその後の見通しがないまま形式的に式だけ立てても結局自分では解けず、点を落としてしまうのです。
5年生以降になると消去算は小数や分数を含む形で登場します。こうなると「りんご2個」のように言うことはできませんが、4年生の時にきちんと理解してきた子であれば「4年生で学習したあの問題に形が似ているぞ、ということは同じようにやれば解けそうだ」と結びつけて理解し、解くことができます。抽象理解は具体的なことがら、事例に紐づけしていくことで上達します。
「算数より数学の方が上」と思っているお父さんの誤解
小学校で算数を習い、中学から数学を習う。こうした流れから算数の上に数学があると思っている大人は少なくありません。特に数学が得意な理数系のお父さんは、「小学生の算数なんて簡単」と下に見る傾向があります。線分図をかいたり、面積図をかいたりといった初等的なやり方で解くよりも、公式を使って解く方がスマートに感じるのでしょう。
しかし、両者は同じ数を扱っていても、考え方がまったく違います。数学的手法は一般化された定理への当てはめですが、算数的な図法は条件を視覚化し、感覚として捉えるものです。例えば線分図では大小関係や差、面積図では逆比の関係などを見た目にわかりやすい形で捉えることができます。
多くの企業で就職試験に採用しているSPI試験の「非言語テスト」をご覧になったことはありますか? ここに出てくる問題の多くが中学受験算数でよく見られる問題です。中学受験を経験していない人は、自分が知っている数学的な手法を使って解こうとしますが、なかなか答えを出すことができません。でも、算数的な手法で解けば、数秒で解けてしまう問題がたくさんあります。実際にSPIの対策本などでは図法による解説が取り上げられていることが多いです。
例えば「4.5%の食塩水と12%の食塩水を混ぜて6%の食塩水を600g作るには、4.5%の食塩水が何g必要ですか」という問題について、大人が連立方程式を立て終わった頃にはこの単元を塾で理解した子どもはすでに面積図または天びん図、すなわち逆比の関係を用いて解き終わっているでしょう。数学的手法は多くの問題を同じ方法で解ける利点がありますが、個別の問題を取り上げた場合は算数的な手法の方が鮮やかに解けることが多いのです。つまり、どちらが上で、どちらが下ではないということです。
難関校が算数入試で求めているものとは
では、なぜ中学受験では、小学校で習う算数をはるかに超えた難しい問題を出すのでしょうか? 中学受験では、難関校と言われる学校ほど、算数の難度が上がり、方程式といった裏技が効かなくなります。
それを最も表しているのが、男子御三家の一つである武蔵中の算数です。問題自体は超難問というわけではないけれど、通常であれば問1、問2、問3と順番に解かせていくものを、問1、問2を飛ばして、いきなり問3だけで聞いてくることが多いです。一つひとつ丁寧に考えていけば、答えにたどりつけるようになっていますが、いきなり方程式を立ててしまうとわからないことが多すぎて処理しきれなくなってしまいます。B4用紙の上部に問題が書かれ、その下に途中の考え方を書く広い余白があるのも、限られた情報や知識、受験を使って工夫することを重視し、評価するためでしょう。
難関校の算数入試は、聖光学院のように問題文が長いものや、麻布中のように小学生の子どもが見たことのない初見の問題を丁寧に誘導し考えさせるもの、筑波大附属駒場中や駒場東邦中のようにたくさんの作業を通じて糸口を発見させるものなどさまざまなスタイルがありますが、どの学校にも共通して言えることがあります。それは試行錯誤しながら、発見をする喜びが味わえることです。この姿勢こそが、難関校が求める生徒像であり、その力があるかどうかを見極めるために入試があるのです。