世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年11月21日

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 レバノンでは10月中旬より、政治改革、腐敗撲滅、生活の向上等を訴える抗議運動が激化、10月29日にはハリリ首相が辞任する事態となった。アウン大統領は10月31日、抗議運動の要求通り、テクノクラートから成る新政府を組織したいと述べた。

レバノンの中心街の一つ、マーティル スクエアでデモを続ける人々のテント
(Erich Karnberger/iStock Editorial / Getty Images Plus)

 米国のポンペオ国務長官は、新政府の設立を要求し、軍と治安当局が彼等からデモ参加者の権利と安全を守るよう要請した。もし、レバノンが経済改革を遂げ、腐敗と戦うのであれば、国際機関と協力して経済支援をしたいと国務省筋は述べた。この支援には昨年誓約されたが凍結されている117億ドルの支援パッケージが含まれる。

 今回のレバノンでの抗議運動は、政治改革、反腐敗を超える注目すべき点がある。それは、レバノンの政治を支配して来たイランが支援するヒズボラへのあからさまな反抗である。ヒズボラは今回のデモまではほとんど手を触れることの出来ない存在だった。しかし、そのシーア派の支持者すらデモに参加した。ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師はデモ当初の10月19日には新政府樹立の要求に反対していた。25日には街頭デモは「混乱と崩壊につながる空白」を生みつつあると警告した。しかし、抗議運動はこの脅迫を無視し抗議を継続したのである。改革運動の参加者は、ヒズボラは閣僚の人選に介入しようとするかも知れないが、アウンが非政治的な政府を求めたことは一歩前進だ、と見ているようだ。

 ワシントン・ポスト紙コラムニストのDavid Ignatiusは、10月17日付の論説‘Syria is lost. Let’s save Lebanon’で、トランプがシリアのクルドを見捨てたために、次に捨てられるのはレバノンではないかとの恐怖がレバノンの当局者にはあるという。彼等は米国がシリアから撤退することで、シリアにはトルコとも連携したイラン、ロシアとアサドの同盟が勝者として立ち現れるだろうと読んでいるともいう。恐らく正しい読みである。それは西側の利益にならない。ここで踏み止まるためには、同氏が論ずるように、米国をはじめ西側がレバノンに肩入れし、救うことが必要である。

 ただ、レバノンを救うと言っても、難問である。抗議行動が求める生活の問題の解決のためには腐敗の問題を解決せねばならない。腐敗の中核にあるのは国有のテレコミと電力だという。しかし、腐敗の構造は、宗派間で権力を分有するレバノンに特有の政治構造と結びついている。政治的な混乱を避けつつ、どうやって腐敗の問題を解決し、生活の改善につなげるのか。取り敢えずの解答はテクノクラートの非政治的な政府を作ることであるらしい。

 アルジャジーラの観測によれば、辞任したハリリを再び首相として閣僚にテクノクラートを起用するのが最もあり得るシナリオらしい。何故なら、金融危機にあるレバノンにとって、この論説に言及のある支援パッケージ117億ドルが死活的に重要だが、この支援を取りまとめたのがマクロンであり、フランスと密接な関係を有するのがハリリだからだという。第二のシナリオは、ヒズボラが主導して組織する政府というものだが、これはあり得ないと思われる。第三のシナリオは、首相を含めすべての閣僚をテクノクラートとするもので、これが抗議運動に最も受け入れ易いであろうが、現在の政治構造では無理だとアルジャジーラは観測している。

 繰り返しになるが、抗議運動がヒズボラにあからさまに反抗していることは、注目に値する。西側に出来ることには限界があるが、改革を条件に経済支援を提供し、改革の進展が国民とヒズボラとの間の距離を拡大することとなり、ヒズボラの力を削ぐことになるのであれば、好ましいことと言うべきであろう。

  
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