2024年11月5日(火)

中東を読み解く

2020年1月2日

 新年早々、イラク・バグダッドの米大使館襲撃で米国とイランの軍事的緊張が再び激化している。トランプ大統領は「イランは大きな代償を払うことになる」と武力行使も辞さない構えを示したのに対し、イラン最高指導者ハメネイ師も「国益が脅かされれば断固戦う」と猛反発した。襲撃を主導したイラク民兵は撤収しつつあるが、緊張はなお続いている。

米軍の空爆に抗議するイラクの人々(REUTERS/AFLO)

“第二のベンガジ”にはさせない

 今回の緊張が高まったきっかけは12月27日に北部キルクークに近いイラク軍基地が30発を超えるロケット弾攻撃を受け、米軍の請負業者の米国人1人が死亡し、米兵4人が負傷した事件だ。米国はこれに対し同29日、イラン支援のイラクの民兵組織「カタエブ・ヒズボラ」(神の党旅団)の犯行として、同組織のイラクとシリアの拠点5カ所を報復空爆した。これにより、少なくとも戦闘員ら25人が死亡、55人が負傷した。

 またイラク国営通信によると、イラク中西部アンバル州で、米軍の無人機が「イラク人民動員隊」を攻撃し、イラク人が死傷したという。同隊はイラクの約30に上るシーア派民兵組織の統合部隊で、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討に力を発揮したが、イランの影響下にあることで知られている。

 「カタエブ・ヒズボラ」はこうした米軍の攻撃に報復することを言明。31日になって同組織のメンバーら数百人がバグダッド中心部のグリーン・ゾーン内にある米国大使館を襲撃した。襲撃者は「米国に死を」と叫んで、投石や火炎瓶を投げるつけるなど暴徒化し、建物の一部を放火した。何人かが建物の屋根に上ろうとしたため、警備の米海兵隊が催涙弾を発射するなど危機的な状況となった。

 しかし、上部組織の「イラク人民防衛隊」が撤収を指示し、1月1日午後になって騒乱は沈静化。大使館包囲網は解除されつつある。大使は休暇でおらず、大使館員らは避難して無事だった。米国の在外公館はこれまでも襲撃の対象となってきており、1979年にはテヘランの米大使館人質事件が起こり、また2012年には、リビア・ベンガジの米領事館が襲撃され、大使ら4人が死亡している。

 トランプ政権はこうした事態の再発を恐れ、大使館警備のため海兵隊120人を急派した上、中東地域に750人を増派することを決定した。トランプ大統領は「イランが襲撃を画策している」「イランはとても大きな代償を払うことになる。これは警告ではない。威嚇だ」「“第二のベンガジ”にはさせない」などと相次いでツイート。大統領はオバマ政権下で発生したベンガジ事件を再三、非難してきたこともあって、イランに対してことさら強硬姿勢を強調した。

襲撃を容認したイラク治安部隊

 トランプ大統領がイラクで発生した襲撃にもかかわらず、イランを非難しているのは、イラクがイランの影響下にあることを甘んじて受け入れている現状へのイライラがある。シーア派の盟主であるイランはイラクに宗教的な影響力を行使するとともに、政治、経済、軍事面でもイラクを事実上の支配下に置いている。辞任することが決まっているものの、アブドルマハディ現政権はイランが作った体制とされる。

 現地からの報道などによると、米大使館を襲撃した一部はイラン革命防衛隊のエリート部隊コッズの司令官であるカセム・ソレイマニ将軍への忠誠を叫んでいたという。同将軍は“イラクのイラン化”を狙っているとされるイラン海外戦略の中心人物。「カタエブ・ヒズボラ」などの民兵組織も元々、同将軍が米軍を攻撃させるために作ったと言われている。

 米大使館のあるグリーン・ゾーンは警備が厳しく、通常はデモ隊などがゾーン内に入ることはできない。しかし、今回は襲撃の一団はゾーン内に侵入し、しかも大使館に容易に接近した。大使館は約30人のイラク治安部隊が警備していたが、襲撃を阻止せず、手をこまねいていたという。

 警備の責任者である治安部隊の将軍は「襲撃者と米海兵隊の間にはさまれてしまった。われわれに何ができるというのか」などと弁解しているが、襲撃者に手を貸したと批判されてもおかしくない状況だ。イラク人の間では、米軍がイラク国内の同胞を攻撃したことを批判する空気が強く、「米国は計算間違いをした」(アナリスト)という声が出ている。


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