2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月17日

 1月31日、午後11時、英国はEUを離脱した。ジョンソンは国民に向けた演説で「多くの人々にとっては来ないと思っていた驚愕の希望の瞬間である。勿論、不安と喪失を感じている多くの人々もいる。そして勿論、何時果てるとも知れない政治的口論を心配し始めていた第三のグループもある」と言及した。国内の分裂の状況に配慮してジョンソンは派手な振舞いは避けたが、離脱の瞬間、ビッグベンの録音された音(ビッグ・ベンは修理中)が首相官邸周辺に11度鳴り響いた。

Panorama Images/iStock / Getty Images Plus

 ジョンソンが直ちに取り組む必要があるのはEUとの新たな関係の構築である。とりわけ問題は経済関係であるが、ジョンソンの方針はこれをFTAに取り纏めることであり、そのことはEUとの間の政治宣言に謳われている。この方針を露骨に明確にしたのが財務相のサジド・ジャヴィドである。彼は1月18日付のフィナンシャル・タイムズのインタビュー記事の中で「(英国はEUの規制に)揃えることはしない。我々はルールを貰うことを止める。我々は単一市場にも関税同盟にもとどまらない。――我々はこれを年末までにやり遂げる」と述べ、ビジネスは既に3年も準備の時間があったのだから新たな現実に「適応」すべきことを主張した。

 他方、EUの方針も明確である。英国がEUのルール(社会・環境規制、国庫補助、税制を含む)から離れ、緩和された規制を導入するのであれば、それは公平な競争条件が維持されないことを意味し、EUにとって脅威となる。そうであれば、FTAの下における英国のEUへのアクセスは自ずと制約されざるを得ない、英国はゼロ・関税、ゼロ・クォータというがゼロ・ダンピングであることを要する、というものである。

 利害調整が必要な問題は幾多もあろうが、間違いなく紛糾すると思われているのが漁業である。EUの共通漁業政策によってEU加盟国の排他的経済水域(EEZ)における漁業は一括してEUの管轄下にあるが、英国はこれから解放されることになる。しかし、面積が大きく良好な漁場である英国のEEZからフランス、ベルギーなどの漁民が排除されれば、彼等の漁業が成り立たない。フランスなどは英国のEEZへのアクセスと単一市場への英国のサービスのアクセスとの間にはリンケージがあることを示唆している。英国との新たな経済関係は漁業問題の解決を前提とすることをEU加盟国首脳の間で申し合わせた、との報道もある。

 1月31日付けのフィナンシャル・タイムズ紙社説‘The UK is leaving the EU. Now the hard work begins’は、英国の利益を合理的に評価すれば、英国は欧州に可能な限り近くあるべきだとして、EUの規制に揃えることを嫌い、EUとの貿易・経済関係をFTAで処理することで良しとするジョンソンの方針に批判的である。批判的であることには理由がある。自動車、航空機、医薬、食料飲料などの製造業に依存する地方の経済の底上げとは矛盾する。しかし、EUのルールに縛られることを嫌い、「この国の潜在力を解き放ち」、「独立した考えと行動の力」を使おう(ジョンソンの上記の演説)というのがジョンソンの原理原則であってみれば、彼は原則を容易に逸脱しようとはしないであろう。

 英国のビジネスの圧力とEUとの複雑な利害調整に対応する過程でジョンソンがどの程度この原則を離れて柔軟になり得るのかが注目されよう。いずれにせよ、年末までの移行期間は甚だしく短い。関係する各企業は、可能な自衛の策を講ずることが求められることになろう。

  
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