11月初頭。鈍色の空の下、ドイツ・ミュンヘン空港に降り立った。まずは高速鉄道「ICE」に乗って、かのゲーテが青春時代を過ごしたライプツィヒまでたどり着いた。そこからさらにポーランド国境に向かって車で1時間半ほど走り、独フォルクスワーゲン(VW)のツヴィッカウ工場を訪れた。その目的は、ドイツ自動車業界の「大転換」の瞬間に立ち会うためだ。
メルケル首相が語った
自動車産業変革への危機感
「自動車産業はかつてないパラダイムシフトに直面しています」
ツヴィッカウ工場にあらわれたドイツのアンゲラ・メルケル首相はそう力強く語った。VWは、ツヴィッカウ工場の生産ラインを、内燃機関を使った自動車から年産33万台の電気自動車(EV)の生産拠点へと転換を図ろうとしており、筆者が訪れたのはVWの新型EV「ID.3」の同工場における量産開始を祝うイベントだった。
しかも、同社がEVの生産ラインに転換するのは、ツヴィッカウ工場だけではない。ドイツ国内の4工場に加えて、チェコ、米国、中国の安亭鎮(上海汽車集団との合弁)と仏山(第一汽車集団との合弁)の合計8工場をEVの生産ラインに作り替える方針だ。
同社はこれと併せて、20年から24年の5年間でEVをはじめとする次世代技術の開発に600億ユーロ(約7兆2000億円)を投資し、そのうち330億ユーロは電動化技術に投資する。さらには、29年までに75車種のEVを発売し、累計で2600万台を販売するという意欲的な目標を掲げている。
「そんなに作ってどうするのか?」というのが一連のVWの発表を聞いた筆者の感想だった。
というのも、日産自動車のリーフが10年の発売以来、19年3月にようやく累計販売台数40万台を達成したばかり。世界で最もEVを売っている米テスラでも、18年の販売台数は24万台である。つまり、現在、世界中で販売されているEVの総数を優に超える台数のEVを、VW一社で生産するとうたっていることになる。
VWの強気なEV生産への転換を理解するには、まず同社の成り立ちを知る必要があるだろう。同社は1937年にドイツのニーダーザクセン州・ヴォルフスブルクで設立された。第二次世界大戦後にドイツ連邦政府とニーダーザクセン州政府が株式の20%ずつを保有しつつ民営化された。現在はポルシェの創業一家のポルシェ家とピエヒ家が合計して株式の50%以上を保有しており、州政府が20%、中東の政府系ファンドが17%、残りのわずか10%程度が公開株だ。