英国の欧州連合(EU)離脱が迫る中、競争力の低下を見越してホンダが30年の歴史を誇る英国工場での自動車生産を2021年中に終了することを決断し、英国に衝撃が走った。
ホンダの英国工場はロンドンから西へGWR(グレート・ウェスタン・レールウェイ)やバスを乗り継いで約2時間20分のスウィンドンにある。19世紀に世界屈指の蒸気機関車工場として栄えた「エンジニアリングの古里」だ。
その遺伝子を引き継いだスウィンドン工場でホンダのエンジン生産が始まったのは1989年。それから30年、ホンダはスウィンドン工場と同時にトルコ工場の閉鎖も決め、自動車産業の激戦地・欧州での生産から撤退する。ホンダにとっては初となる海外工場閉鎖という苦渋の決断だった。
昨年シビックやCR−Vを16万台以上生産したスウィンドン工場を撤退発表の後、二度訪れた。二度目は取材規制が一段と厳しくなり、工場から出てくる車両運搬車を撮影しようとしただけで、警備員に「お前は一体どこの誰だ」と追い払われた。
午前のシフトを終えた自転車通勤の労働者はスピードを落とさず、筆者の脇を走り抜けた。バス通勤の労働者は「ホンダの糞(くそ)ったれ」「メディアに話してもロクなことはない」と言葉を叩きつけた。集団解雇の労使交渉が開始されたとはいえ、「職場で何を尋ねても会社は答えてくれない」という。
ホンダの八郷隆弘社長は、生産終了の理由についてEU離脱との関係を頑(かたく)なに否定する一方で、自動車産業を取り巻く環境の激変と欧州で加速する電動化の動きを挙げた。スウィンドン工場ではガソリン車とディーゼル車しかつくっていない。
「ホンダは昨年の6月と9月にスウィンドン工場での生産は続けると約束した。それなのに数カ月で決定はひっくり返された。EU離脱は関係ないとホンダは強調するが、EU離脱の影響は無視できない。英国は不確実性の泥沼にはまったままだからだ」
こう話すのは労組ユナイト・スウィンドン支部のアラン・トマラ氏だ。「工場の労働者1人が仕事を失うと、サプライチェーンは4~5人失業する。スウィンドンにとっては破壊的だ」
スウィンドンでは16年の国民投票で55%が離脱に投票した。「取り残された、政治的に無視され続けてきたと不満を持つ人たちが離脱に票を投じた」とトマラ氏は振り返る。
強硬離脱派を牽制(けんせい)すべく「ホンダの工場閉鎖」を英メディアにリークしたとみられるクラーク英ビジネス・エネルギー・産業戦略相は電動化支援を見返りにホンダ引き留めに動いている。
スウィンドンのジュンアブ・アリ市長は「サプライチェーンを含めると2万2000~2万5000人が失職する恐れがある。ガソリン車やディーゼル車は死んだテクノロジーだ。スウィンドンは蒸気機関の興亡を歴史的に経験しているので電気自動車もつくれると信じている」と語る。