2月1日、インドのモディ政権は2020年度予算案を発表した。予算案は、公共事業により深刻な景気低迷に対応することを目指した内容となっている。大規模な所得税減税(年収が7,000ドルから21,000ドルの層の所得税を総額で56億ドル減らす)も盛り込まれている。しかし、この予算案には、成長を促進する戦略に欠けているとの批判がある。2月3日付けウォール・ストリート・ジャーナル紙社説‘Modi Misses Again’は、「財政赤字の目標はGDPの3%から3.5%に引き上げられるが、予算の中身は成長につながるものではない」と指摘する。社説は、「期待された国防費は5%増加するが、中国が急速な近代化を進めているのに、インドの国防費は依然としてGDPの1.5%に過ぎない」とも批判する。
モディ首相は、期待された自由市場改革にも着手する気配がない。上記社説は「成長志向の予算は議論を呼んだであろうが土地と労働市場の必要な改革を実現し、インドの複雑な州の補助金の少なくとも一部を廃止できたはずである。資産の70%を国が保有しているインドの銀行は民間市場を通しての資本増加が何としてでも必要である」と指摘するとともに、昨年の選挙で地滑り的勝利を勝ち得て、ここ何十年かで最も強力な指導者であるモディがなぜ成長の機会を見過ごしているのか謎である、と疑問を呈する。
インドは建国以来社会主義的な政策を取ってきたが、1991年の外貨危機を契機に経済自由化路線に転換し、規制緩和などを中心とする経済改革政策を実施した。その結果20005年から2011年まで高い成長率を達成した。その後リーマンショックなどの影響で経済が減速したが2014年経済重視のモディ政権が誕生し、2018年まで比較的高い成長率を維持してきたが、ここにきて景気が急速に減速するに至っている。
元来インドは成長の基本要素をいくつか持っている。人口の増加、人口が若いこと、中間層がしっかりしていることなどである。他方マイナスの要因もあり、一番の要因は投資の弱いことと指摘されている。これは企業の負債が多く、銀行が債務に悩まされており、双子のバランスシート問題と言われており、これに対処することが望まれるが、残念ながらモディ政権にはしっかりした戦略が無いようである。
インドの経済が成長発展することは世界にとって重要である。従来途上国の経済発展には開発独裁が適していると言われ、実際に開発独裁の国が多い。インドは民主主義の下で経済発展を遂げているのであり、インドが成功すれば専制政治体制が必ずしも途上国の経済発展モデルではないことが示されることになる。
モディは、ヒンズー至上主義にコミットすることで人気を得ている。最近成立した市民権法はイスラム教徒を差別待遇している。モディの政治母体であるBJPは、従来からヒンドゥー至上主義を標榜している。本来は世俗国家として建国されたインドに、ヒンドゥー至上主義支持の風潮があることは間違いなく、モディとしてもこれを無視できないのだろう。上記社説は、「経済が低迷しているときにこのような社会的問題(ヒンズー至上主義)に関心を集中させることは擁護しにくい」と言っている。その通りだろう。インド国民、なかんずくインド経済を支える中間層が経済的困難に直面することは、放置できないはずである。
インドは経済成長の潜在力が大きい。それを生かすためにモディには長期的視点からは教育の拡充、短期的には投資促進のための諸策を強力に進めることが望まれる。日本にも果たすべき役割がある。インドの経済発展を支えるため引き続き政府レベルの経済協力を進めるとともに、民間企業がインドの将来性を踏まえ、より積極的にインドとの取引、インドへの企業進出に努めるべきだろう。
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