2024年7月16日(火)

Wedge REPORT

2020年3月17日

12日間の空白、何もせず

――その辺は、あまり指摘されていませんね。

山本 この12日間、クルーズ船の中では、きらびやかなショーやゲームなどが連日行われていました。客は自由に交歓しビュッフェスタイルで提供されたご馳走をエンジョイし、まさしく船上の楽園状態であったのです。しかし、その裏ではおぞましい新型コロナウイルスの感染がじわじわと浸淫していたと思われます。まさしく天国と地獄、ユートピアとディストピアの世界が同時進行していたというわけです。

 この12日間の災厄においては、ウイルスに感染したこの男性の乗船がすべての始まりです。火のないところに煙は立ちません。しかしいったん狭い船内に新型コロナのような感染力の強い呼吸器ウイルスが持ち込まれたら、換気の悪い淀んだ空気中を、感染者の飛沫(エアロゾル)が漂い、クラスターが次々に雪だるまのように形成されていきます。単純に1日に1人が1人に感染を広げて行ったとしても12日後の2月1日には、2の12乗、つまり4096人の感染者が出てくることになります。

 ここに一つ面白い研究結果があります。今回の事件をシミュレートした上で介入、非介入した場合の疫学的研究が、スウェーデンのウメア大学の研究グループから発表されています(2月28日付「ジャーナル・オブ・トラベル・メディシン」)。それによれば何の介入もしなかった場合、感染者数は乗船者の8割近くの2900人に及んでいたとはじき出しています。これをそのまま信じるなら、今回の感染者が、その後判明分を含め合計約700人ということを考慮すれば、数字は4分の1に過ぎず、その意味ではクルーズ船側はなんとかここまで持ちこたえる努力をしていたとの解釈もできないことはありません。

――この12日間のうちに、何ができたのでしょうか

山本 クルーズ船の立場に立てば、どこかの時点で新型コロナの船内発生を疑ったとしても、直ちにクルーズの中止と船内封鎖をしながら、どこか近くの港に直ちに寄港するという選択をすることはとてつもなく困難であったことは容易に推測できます。乗客はクルーズのため高額の旅費を支払っています。エンターテインメントをすべて中止し、感染防止を第一にすることは、ビジネスの点からも大きなプレッシャーになったに違いありません。それでも感染を最小にするためにはそれがベストだったと思います。

 結果的に、早めの判断をして、途中で中止しなかったことで会社は大きな付けを払わされることになりました。おそらく船会社は、このあと乗客から巨額の訴訟が起こされるのではないでしょうか。なにせ自分には全く責任がないと思っている乗客たちです。新型コロナに感染する恐怖を狭い船内で長期間、味あわされたと主張するでしょう。日本人と違って欧米人がクルーズ代金の返還だけで納得するとは到底思えませんね。


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